〈政策解説〉 療養の給付と診療報酬制度の意味を再確認する  ―医療サービスの保障を前進させるために

2024年度診療報酬改定で新設された「外来・在宅ベースアップ評価料」や「医療DX推進体制整備加算」に対する違和感は、今日の診療報酬制度が国にとってどのような意味を持たされているのかという根本問題に関わるものと考えられる。本稿ではその違和感を入口にあらためて「診療報酬制度」と「療養の給付」の意義を再確認する。

違和感のある二つの新報酬の概要

初めに二つの新たな報酬の概要をおさらいしておく。

「外来・在宅ベースアップ評価料Ⅰ・Ⅱ」は、医師(ならびに歯科医師)を除く医療従事者の「賃上げ」を目的とし、それ以外の使途を認めない。診療所では2023年度比1.2%、有床診・病院では2.3%以上の賃上げを事実上目標とする。算定には届出が必要であり、対象職員の賃金改善を実施することが要件である。届出内容は直近1年間の「対象職員の給与総額」や直近3カ月における1月当たりの初診料等の算定回数を計算させる等、煩雑である。結果、算定できるのは「Ⅰ」の場合、初診時6点、再診時2点。実績報告も求められる。

「医療DX推進体制整備加算」(8点)は、オンライン資格確認により取得した診療情報・薬剤情報等を実際の診療に活用できる体制を有するとともに、電子処方箋および電子カルテ情報共有サービスの導入等の体制整備を評価するものである。

 診療報酬のいくつかの「定義」に照らして考える

厚生労働省は診療報酬を「保険医療機関および保険薬局が保険医療サービスに対する対価として保険者から受け取る報酬」※1と定義している。学術的には「医療従事者の労働の対価であるとともに、国民が受ける医療サービスの基準であり、また、地域医療確保の原資である」※2と定義する文献もある。

京都府保険医協会は「診療報酬改革への保険医からの提言―我々の求める診療報酬体系」(2000年5月19日)において、「現在の診療報酬体系は、1961年に国民皆保険の実現をひかえた、1958年の新医療費体系の創設、すなわち『健康保険法の規定による療養に要する費用の算定方法』(昭和33年厚生省告示第177号)による診療報酬点数の設定が起点となっている。…(中略)/診療報酬は、a.医療機関の経営を全体として補填するという性格―経済的側面と、b.医療技術の(相対)評価の体系という性格―技術的側面(『医療の経済学』p96・広井良典著/日本経済新聞社1994年刊より)の二側面を持つというが、これまでの改定は人件費、物価などの経済変動に対応するという側面よりは、医療技術評価の体系を組み替え、その重点を移していくことで、医療経済の枠と医療水準の向上との妥協を図るものだったといえる」と指摘している。

しかるに、先に提示した二つの新報酬はこれまで診療報酬かくあるべきと捉えられてきた共通的合意点からは大きくはみ出したものと指摘せざるを得ない。

まず厚労省の言う「保険医療サービスに対する対価」には当てはまらない。医療従事者の賃上げやオンライン資格確認による情報共有の推進は「保険医療サービス」自体とは到底言えないからである。

また「医療従事者の労働の対価」「国民が受ける医療サービスの基準」「地域医療確保の原資」のいずれにも当てはまらない。ベースアップ評価料は医療従事者の賃金アップに「使途を制限」した報酬であり、協会が指摘した「医療機関の経営を全体として補填するという性格」に則っておらず、あくまで個々の従事者の賃金補填以上の意味を持っていない。

「医療サービス」とは医療従事者の労働=「医療労働」の生み出す専門的、技術的サービスである※3。したがって診療報酬で保障すべき医療従事者の労働の対価とは医療サービスそのものであり、個々の賃金に矮小化できるものではない。本来、個々の従事者の賃金水準は労使交渉を通じて「合意」されるべきものであり、国家による根拠なき過度な介入は厳に慎まれるべきである。政府の関与の拡大は、医療機関経営者の経営上の創意工夫の余地を狭める。中医協委員を務める尾形裕也氏(九州大学名誉教授)の「財政は公的に、サービス提供は民間主導で…という形でこれまで一定の成果をあげてきたわが国の医療のあり方を踏まえれば…問題が多い政策」4との指摘は正鵠を得ている。このように二つの新報酬は従来の改定内容にはない重大な問題を孕んでいるのである。

 療養の給付とは直接関係のない国策推進に保険財源を利用

一方で2024年改定における開業医に対する経済的いじめを象徴する改定である「特定疾患療養管理料」の対象疾患からの高血圧・脂質異常症・糖尿病の除外は、腹立たしい内容ではあるが「医療経済の枠と医療水準の向上との妥協を図る」という旧来からの手法によるものと言えよう。ただしこれも、協会が2024年の第77回定期総会の「情勢報告」で指摘したように、小泉政権以降の「骨太の方針」の不可侵化=経済財政の中央統制化が進み、主なステークホルダーが軒並み政権に従い、中医協も著しく地位を低下させている。こうした状況にあって政権の思惑が診療報酬改定にたやすく、直接的に持ち込まれる状況になっているからこそ起こっている事態であることは確認しておく必要がある。

さて周知の通り、「ベースアップ評価料」は岸田政権の「新しい資本主義」における「賃上げ要請」に呼応したものである。政権の賃上げ政策の評価はさて置いたとして、重要なのは政権の政策実現のためにのみ作られた報酬という点である。

一方の「医療DX推進体制整備加算」はその名の通り、国の推進する医療DXに医療機関を動員するものである。

つまり2024年度改定とは「療養の給付」の財源を削り、療養の給付とは直接関係のない国策推進に保険財源が利用される悪しき前例になり得る。この点を突かずして、今日の診療報酬改善の運動は成り立たない。

 療養の給付を縮小し、財源を国策に流用することは許されない

「療養の給付」の意義を再確認せねばならない。

国民皆保険体制の原則の一つである「療養の給付」は、医療保険からの給付を療養費(現金)で給付するのではなく「現物給付」することで「転帰」(医療上の結末)に至るまでの給付を完全に保障するものである。すなわち「必要充足原則」を体現したものである5。

医師の専門的判断に基づいて必要な医療は必要なだけ全て保険給付される仕組みがあってこそ、保険医は患者の生命を守ることができる。

国は診療報酬の出来高払いを嫌悪して「包括払い化」を進め、さらに保険外併用療養費を活用し、療養の給付をやせ細らせ、混合診療の本格推進さえ視野に入れている。

療養の給付を抑制する一方で、医療サービスと直接関係のない国策の推進に診療報酬財源を流用し、さらにそれを通じて医師・医療従事者が動員されている。このようなあり方自体を転換するにはまず医師自身が声を上げねばならない。

京都府保険医協会は2000年の提言で「我々の求める診療報酬体系」を構想した。そこでは診療報酬制度の改善に必要なこととして、①人材の保障②モノと施設の保障③アクセスの保障④最適性の保障⑤安心と安全の保障⑥情報と責任の共有―その実現のため、(当時課題であった)一般・老人点数の一本化、技術と管理と材料の分離評価、出来高払制原則、技術的評価における医学的根拠の検討、情報提供基盤整備に対する評価、二階建て混合診療の禁止を視野に入れた体系改革が必要であると述べた。

提言から24年が経過し、診療報酬制度を含む公的医療保険制度をめぐる政治状況は大きく変化した。医師側からあらためて診療報酬制度の抜本改革を訴えねばならない時である。その前提として、今回の診療報酬改定の「再改定」を求める運動提起が急がれる。

(政策部会)

京都保険医新聞 2024年9月25日・第3176号所収

※1  厚生労働省ホームページ 「診療報酬について」(2024年7月31日閲覧)

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※2 社会福祉辞典(大月書店刊)。朝日健二氏の定義。

※3 社会福祉辞典(大月書店刊)。日野秀逸氏の定義。

※4  「第122回『虎に翼』及び診療報酬改定の『変質』をめぐって」MEDIFAX digest(2024年6月17日)

※5  二宮厚美・福祉国家構想研究会編『誰でも安心できる医療保障へ』より(大月書店刊)

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