協会は1月16日、垣田さち子理事長名で「京都府地域包括ケア構想(中間案)」(解説既報2985号)へのパブリックコメントを、京都府宛に提出しました。下記に全文を掲載します。なお、府はパブリックコメント実施後、府の医療審議会の確認を経て、正式に構想をとりまとめる予定です。
京都府地域包括ケア構想(中間案)へのパブリックコメント
京都府地域包括ケア構想(地域医療ビジョン)中間案について、京都府保険医協会として意見を述べる。
1.京都府の構想で評価すべき点
まず、京都府が国の「地域医療構想策定ガイドライン」に定められた「医療需要に対する医療供給を踏まえた病床の必要量(必要病床数)の推計」の機械的な採用を避けようとした姿勢を評価したい。
府は、「病床の必要量」推計にあたり、京都大学の協力も得て、独自の調査・分析等を実施した。結果として、病床利用率や病床機能分担について、府の状況と国データに大きな乖離がないと判断し、当面は国推計値を活用することとしたが、貴重な取組であったと考える。
また、府内の全病院への入院患者実態調査及びヒアリングの実施により、療養病床に入院する医療区分1の患者さんの約8割について、在宅等での対応が不可能であること、その多くが医療的ケアの必要な状態であることも明らかにした。これは、国が療養病床廃止を念頭に、本来在宅で診るべき人たちが入院しているといわんばかりの方針に対しての、事実上の反論となっている。
さらに、地域の在宅受け皿について、京都府医師会の実施した会員への在宅医療に係るアンケート調査が、10年後には開業医の高齢化等によって十分な対応が困難であることも紹介し、国の画一的な在宅移行政策が非現実的であることを示唆した。京都府は必要病床数推計について、構想区域単位の機能別病床数を明記しなかった。府全体の推計も、高度急性期と急性期の医療内容を病棟単位で明確に区分することは困難と判断し、幅のある推計値に留めた。
これらは、策定を前に各区域で「調整会議」を複数回開催し、あらためて明らかになった厳しい医療実態を前に、人口推移や過去のレセプトデータによる実績値だけを根拠とした、上からの画一的な病床機能分化政策を、可能な限り回避しようとの意思の顕れであろう。
以上のように、国がデータを駆使し、地域の医療提供体制の統制・効率化を目指しているのに対し、地域医療の現実を対置しながら、府民の医療保障をめざそうとする姿勢は最大限評価されるべきと考える。
2. 今後の京都府の医療政策に関するいくつかの課題
その上で、今後に向け、いくつかの課題がある。
・医師・診療科の偏在・不足問題の解消に役立たない地域医療構想
第一に、医師・診療科の偏在や不足問題である。地域医療構想はあくまで病床の「数」に着目しているに過ぎない。
しかし、現実の地域医療の困難はむしろ「地域に医師がいない」、「必要な診療科がない」という形で表れる。京都府内の二次医療圏を比較すれば、脳神経外科や小児科等、医師・診療科の偏在・不足は明白である。もちろん、無医地区も多数存在している。こうした事態の解決こそが医療行政に求められているのであり、それに対し地域医療構想は力にならない。
今後、京都府は地域医療構想も盛り込む形で新たな保健医療計画の策定に取り組むことになる。その作業も通じ、府が必要な医療が確保されない地域実態を具体的に把握すること。市町村・医療者と連携し、その解決に向けて施策を引き続き展開することを求めたい。
・入院医療の保障と開業医も含めた地域ネットワークの構築
第二に、在宅医療・地域包括ケアシステムの問題である。
中間案は「住み慣れた地域で安心して暮らすことができる」地域包括ケアシステムを府と市町村が連携して取組を推進する必要があると述べる。
それは当然としても、国が政策的に在宅需要を生みだそうとしていることを踏まえておかねばならない。入院医療費抑制のため、在宅へ誘導し、在宅では可能な限り低コストで療養を支えよというのが国の基本姿勢である。
府の中間案も、在宅医療の必要量推計は「全国統一の算定式」で算定されている。高齢化の進展による在宅医療需要増大は事実であろうが、国の算定式は「療養病床の入院患者のうち、医療区分1の患者数の70%」や「一般病床の入院患者数のうち、医療資源投入量(175点未満)の患者数」といった閾値を機械的に織り込み、在宅需要にカウントさせている。
入院医療でなければ支えられない患者さんや、様々な理由で在宅に帰れない患者さんは存在する。帰れない人を無理やり在宅へ返すような事態は間違っても起こしてはならない。
京都府に対し、患者さんたちの入院医療の保障を担っている地域の中小病院等の役割を正当に評価し、重視する施策の一層の強化を求めたい。
在宅療養の受け皿づくりは、開業医を含めた医療・介護・福祉・保健のネットワークづくりにかかっている。
中間案にもあるように日常生活圏域での具体的な確保策を、市町村が医療・介護保障の立場から、地域の関係者とともに進めていけるよう、京都府のリーダーシップ発揮を期待したい。
・医療費適正化政策の新たな段階を迎える中で
第三に、今後京都府にも策定が求められる第3期医療費適正化計画の問題である。
地域医療構想は、もともと住民の医療保障をめざすものではなく、国保の都道府県化とあわせて都道府県を主体とした医療費抑制体制の構築を目指すものである。
京都府は2018年以降、保険財政と提供体制の両方を睨んで医療行政を司ることを強いられる。その際、新たに「医療費支出目標」が課せられる医療費適正化計画が、「柱」に位置づけられる。
国は、新たな適正化計画での入院医療費目標を「病床機能の分化及び連携の推進の成果等を踏まえる」としており、推計式も「病床機能の分化及び連携の推進のための病床機能の区分(医療法施行規則第30条の33の2)及び在宅医療等(病床機能の分化及び連携に伴うもの)を踏まえ、5区分を設定」、なおかつ「2次医療圏単位で患者住所地及び医療機関所在地を勘案」したものを用いるよう求めている。
今回の中間案と国の基本方針とのはざまで、京都府は矛盾に苦しむ可能性がある。
だが、それでもなお、京都府が国の医療費抑制施策に与することなく、踏みとどまることを求めたい。
なぜなら、医療費適正化計画の後にも、国は都道府県を活用した医療の管理・抑制政策を企図しているからである。
地域医療構想策定に向けた「医療需要」とそれに基づく病床数推計の手法は、今後国がすすめる医療制度改革に準用される。国は、今回の病床数に続く標的に医師数を挙げている。
現在、国は「医療従事者の需給に関する検討会・医師需給分科会」や「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」で、医師偏在解消を名目として医師の就業地や開業への規制を目指し、医師数抑制と適正配置を求めている。
ここでポイントとなっているのが「都道府県間の医療費格差の是正」である。
国は、都道府県間の一人当たり医療費の差を生む要因として、病床数と医師数の格差に着目している。6月に公表された「経済財政と運営と改革の基本方針2016 ~600兆円経済への道筋~」は、経済・財政再生計画が目標とする「医療費の地域差の半減」を実現すべく、地域医療構想を踏まえる形で医師に対する規制の実施を指示しているのである。
そうした中、京都府が国の医療費抑制政策から府民の医療を守る防波堤として、医療保障をめざす医療行政のスタンスに立ち続けられるのか。今、その真価が試されようとしている。
2017年1月16日 京都府保険医協会 理事長 垣田さち子