スポーツ記事などで、日本のマスコミが勝手に言っているだけかもしれない。日本は礼節正しい国だと。国際スポーツ大会で、ゴミを収集して持ち帰るとか、競技場で大暴れするフーリガンがいない。審判員に絶対的な権威を抱くなど、大きな権威には決して逆らわない。
これはテレビの時代劇「大岡越前守」の世界、「お上」はご無理ごもっともの時代の名残のように思えて仕方がない。美談で済んでいるだけなら笑い話で終わるが、実際に実在の世界でアニメの世界のようなものが通用したのでは迷惑な話だ。
専門医制度を推し進めようとしてきた日本専門医機構の強権、政治家・官僚によるたとえば次のような発言、「総合診療医、これは今で言う町医者に義務付けるべきだと私は思っていて…町医者がいっぱいいて、がんばって金もうけしているのだけれども、国民生活に何らプラスになっていない。…そこらの町医者に総合診療医としてもう一回試験を受けさせて、そしてそれで総合診療医A・B・Cとランクをつけて、診療報酬もしっかりそこで分けるべきだし、先ほどの医療計画とか病床数の問題、診療報酬の問題、ここらは医者のレベル、そしてその医者をしっかりコストかけて雇っている病院を評価する、こういう仕組みに変えていかなければいけないと私は思っています」。上から目線の、まさしく「お上」の発言そのものだと思えてしまう。
TPPの問題でも、いったい国民はどうなるのか、誰のためになるのか、「お上」の考え、いわゆるエスタブリッシュメントのものでないのかとさえ考えてしまう。ここにきて専門医制度が、実施延期となったのは当然の思いである。
協会では保険診療に対する個別指導・監査の改善に腐心しており、弁護士帯同、録音がやっと可能になってきたが、近畿厚生局との懇談を見ていると、まさしく「お上」からの一方的な通達のような気がしてならない。今から20年前、富山県で冷徹な個別指導により保険医の自殺事件が起きた。人を人として扱わない、上から目線の発言。何か大きな力の前でひれ伏さなくてはならない、そんな思いが浮かんでくる。
大きな力に対抗するためには、しっかりしたバックアップの下で、交渉しなければならない。そのひとつが保険医協会の運動ではないだろうか。
大上段に振りかぶるのが好きな、規制改革会議のメンバーは「町医者」とあたかも一段下のように開業医、一般医を蔑んで言っているが、こういった第一線の「町医者」が日本の医療を支えて、第一線の医療に到達できる国を作ってきたと思いたい。
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