医師が選んだ医事紛争事例 193  PDF

「目を離した」瞬間の事故

(80歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 本件医療機関に入院中の患者は、入浴のため車いすで浴室に移動し、脱衣を済ませリフト用の椅子に座った。患者はそのまま浴槽に浸かった後、浴室専門スタッフの介護福祉士が患者を出浴させるためにリフト機を操作した。介護福祉士は患者を浴槽内から浴槽外へスライドさせる約5秒間の間に、次の入浴患者をリフト機の側に移動させようと考え、2m程離れた別の患者の所に移った。そして、その患者が座るリフト用の椅子を取りに数歩進んだ時に、出浴中の患者の「痛い」という声が聞こえた。確認すると患者の左手がリフト座台と機械本体のスライド部分に挟まっていた。すぐにリフト機の電源を切り、座台を浴槽内方面にスライドさせ左手を外し、処置・検査のため救急室に移送した。整形外科医の指示でレントゲン検査を実施すると、「左示指開放性関節内骨折および左示指・中指切創」と診断され、左示指の切創部分は8針縫合したが、骨折については手術適応外にて安静加療となった。
 患者側は治療費について補償を求めた。
 医療機関側は「患者から目を離した」点に過失を認め、また限られたスタッフと時間の中で入浴介助を実施していたため、時間までに終了しなければならないという焦りや入浴介助の「慣れ」から来る危機管理の欠如が今回の事故を招いたと反省点を述べた。
 紛争発生から解決まで約1年3カ月間要した。
〈問題点〉
 介護福祉士は患者に対してリフトを動かす際にアームサポートを握るように説明・確認していた。しかし、患者が軽度の認知症であることを考慮すると、患者がアームサポートを離し、座台と機械本体の隙間に手を挟む可能性は十分予見できる。介護福祉士が患者から目を離さずにいれば、患者がアームサポートを離した瞬間にリフトを止めることができたはずであり、今回の事故は回避できたと考えられる。したがって、介護福祉士には高度な過失があり、医療機関側の責任があると判断する。
〈結果〉
 医療機関側は過誤を認め、賠償金を支払い示談した。

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