社保研レポート 社会変革(DX)は人々を少し幸せにする未来の創造と信頼で  PDF

すぐ結果が出なくても、良い意識付けに

第676回社会保険研究会
講師:京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授 黒田 知宏 氏

 協会は9月21日、「医療DXの夢と現実とこれから」をテーマに社会保険研究会を開催した。講師は京都大学医学部附属病院医療情報企画部教授・黒田知宏氏。ウェブ併用で34人が参加した。
 京都大学医学部附属病院では一般病棟の全てのベッドサイドにVital Data Terminal(VDT)が設置されており、看護師が測定機器をかざすだけで測定データが自動的に電子カルテに記録される。患者案内アプリ「Medical Avenue」
は、再診の患者の外来受診時に受診前から会計まで一貫してアプリが支援する。電子カルテの設計も研究発表の際にデータを取り出しやすい形で蓄積する等の効率化を図っている。
 デジタル技術を用いて社会や組織のあり様を変革(DX)するためには、社会全体がその技術を受け入れられるように導く必要がある。そのためには、誰もが容易に想像できる「今より少し幸せな未来」を目の前に創造することが肝要だとした。それらを踏まえて、現在進められている医療DXの目的、概要、経緯と現在について解説があった。
 政府は06年からレセプトデータを匿名医療保険等関連情報データベース(NDB)に集積し、13年から研究者に開放しているが、レセプトには「アウトカム」情報は含まれていない。そのため、政府が認定した「認定匿名加工医療情報作成事業者」にのみ「丁寧なオプトアウト」の下で医療情報を収集して研究者や企業に提供できるようにする次世代医療基盤法が18年に施行された。
 しかし、データソースとなる電子カルテが日本では広く普及していない。厚労省は「医療DX令和ビジョン2030」の下、「全国医療情報プラットフォーム」を整備し、マイナ保険証、電子処方箋、電子紹介状―等の導入を急いでいるが、臨床現場や社会は必ずしもこの動きを歓迎していないのが現状である。
 一方、EUが24年4月に成立させたEuropean Health Data Space(EHDS)では、欧州全体を一つの「データ空間」として、患者がEUのどこにいても医療サービスを電子的に受けられるようにすること(一次利用)と、欧州全体のデータを集約して医療データサイエンス研究・事業を可能にすること(二次利用)を目指している。
 この情報プラットフォームは厚労省が企図するプラットフォームと相似しているが、アプローチが逆である。日本はGate Keeper
が私的事業者であり、二次利用のためのデータ収集に注力した設計となっている。
 EUのEHDSでは、「リフィル処方を4クリックで実現する」という患者と医療者を幸せにするサービスを実現できるような法制度の革命から始めて、データを電子的に流通させる理由を作り、蓄積されたデータへのアクセスについては透明性を確保して制度に対する国民の信頼を勝ち取ることが徹底されている。何よりも、デジタル技術を活用することを前提に基本的なルールが法令としてまとめられている。
 変革のためには「TrustとService」が必要である。
 厚労省の全国医療情報プラットフォームが国民に受け入れられ、医療DXの夢を現実にするためには情報技術がある前提で医療と社会のあり様を描き出し、人々を少し幸せにしつつその未来へと導いていく明確なビジョンと、その実現のために法令を変えることを厭わない姿勢を政府が示せるかにかかっている。
講師の黒田氏

左:「無意識の行動に気付き、意識行動に」とアドバイスする講師の米谷氏、下:接客と接遇について意見交換する参加者

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