医院の必需品 花愛で心穏やかに 利川 嘉明(中京東部)  PDF

 もはや世も末と思うこと少なからぬこのご時世に、今も生き残っている「銷夏」のゆかしい字句を見つけて、くさくさした心持も一ぺんに晴れ、風流な閑文字の一つも書き連ねてみる気になりました。中京は烏丸蛸薬師の地で開業しておる利川と申します。

 弊院の必需品といえば、何といっても、花である。陰気な気分で来た人をそのまま帰すのは忍びない。そんな思いで朝から花を用意している。花は六角の花市と東洞院にある八百一を贔屓に極めて春はスイートピー、夏はひまわり、秋は鶏頭、ふゆはシクラメン。これだけでは無論尽きない程、花を買ってきた。
 聞けば日本の花屋に出回る花は四万種もあり「花の王国」オランダの一万種を遥かに凌いでいるという。蘭は四君子のひとつでまさに花の宰相。王は牡丹だが芍薬がもともと。しかし蘭も芍薬も香のないのが玉に疵で、目下、私の愛してやまない花は百合である。池坊さんには失礼だが、花のいけかたなど、私は知らぬ。しかし物の取合せには「格」というものがあると承知している。だから花器は選んでいる。京都ならではの三浦竹泉、工藝ずきの鍵善良房が蒐めている辻村唯など、よい花器と合わせると花器が勝手に花を活かしてくれる。ぶらり休みの日に店に出かけてする花器の目利きは私の気散じのひとつである。選ぶときは真剣勝負。花器だけを見つめるのではない。わが心をじっと見て、買って後悔しないか本当に気に入っているか、確かめて買う。若い女性に人気の和田麻美子や、名前はまだ上がっていない人でも気に入れば買う。お気に入りの物に囲まれて仕事をしていると、わが心のやすらぐことを覚える。小医は昨秋TIAで仆れたから、気休めに言うのではない。
 この六月は、あじさいを飾りたくて、花市に頼み、大きな鉢をふたつ取寄せた。白あじさいと「ダンス・パーティー」という名の新種紫あじさい。後者は患者諸氏から「こんなの見たことない」と人気を博した。季節の美をかく分かちあえることは老生のためにささやかな愉しみである。
あぢさゐや ながめせしまに
半世紀 明以

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