協会が扱う医療事故で最近増加が目立つのが、転倒事故である。高齢化社会で介護の必要な人が爆発的に増え、介護施設のみならず医療施設でも高齢者の転倒事故が多発している。
我々が扱った事例を示す。認知症の80歳代女性が、医療機関で医師により足の爪を切ってもらった後に、ベッドから円椅子に移り靴下を履こうとして転倒。右大腿を骨折した。その後患者はADLが低下し、認知症も進んだ。医療機関側は、この患者の転倒リスクは認識していたが、転倒は医師、看護婦が目を離した一瞬に起きている。家族が家で何度も転倒していることを知っていたことや、医療機関と患者側の関係が良好だったことから、賠償問題にまでは発展しなかったが、解決まで1年5カ月を要した。
裁判にまで発展した過去の判例を見る。85歳の肺がん末期の男性がリハビリ目的で入院中、看護婦に付き添われて、歩行器を用いてトイレから病室に歩いて戻る途中、看護師が所用で患者の傍を5~10秒ほど離れた間に転倒。床で頭部を打ち、外傷性脳内出血と慢性硬膜下血腫を発症した。その後、患者は事故とは関係ない疾患で死亡した。遺族は、病院の過失と義務違反で訴えてきた。結果は、遺族の訴えを一部認容して1980万円の損害賠償を命じたものである(福岡地裁小倉支部、2012年10月18日判決)。
医療機関は、入院患者が入院中に転倒することを防止すべく努力しなければならない。病院だけでなく、診療所も例外ではない。裁判では、医療機関の転倒の予見可能性を前提とした、結果回避義務違反の有無が問われる。予見可能性の判断材料は身体能力、転倒の既往歴、認知症や見当識障害の有無などである。
65歳以上の高齢者の3人に1人は1年に1回以上転倒するという。転倒は一瞬で、不可抗力としか言いようがないケースも多いが、トラブルに発展することも多い。万が一、貴院で転倒事故が発生したら、トラブルが発生する前に、速やかに保険医協会へ連絡願いたい。豊富な経験から適切に対応いたします。
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