エッセイ となりの陽子ちゃん  PDF

辻 俊明(西陣)

 あなたは夕陽を見て美しいと思うであろうか…。
 遠い夏の日、子どもの頃に見た海に沈む夕陽。太陽のエネルギーは圧倒的な迫力でせまってくるので、その前では発する言葉もなく、ただ立ち尽くすしかなかった。同時に、自分の心の中から熱い思いがわき上がってくるのを感じた。それは夢、希望、情熱と呼ぶもので、真実で、永遠で、本物で、かけがえのない物であり、太陽のエネルギーと同じものであることがわかった。この気持ちをないがしろにしてはいけない、これからはこれを高く掲げて人生を歩んで行こう、人間が生きるとはこういうことなのだと思った。
 その時近くでストレートロングの少女は海を見ていた。名前は陽子ちゃん。快活なその子がそこにいるだけで周りは明るく照らされた。海を見つめる瞳に浮かぶ一粒の涙には太陽が輝いていた。その子は名前のとおり太陽の子であった。太陽は、空にも海にも自分の心の中にも陽子ちゃんの中にもあった。この世は太陽でできていた。
 あれから時は流れ、陽子ちゃんは今どこにいるかわからない。自分もこれまでの間にいろんなものを得ることができたけれども、多くの物も失った。実った努力もあったが、そうでないものもあった。しかし今も空には太陽が輝き、夕刻の海辺には、あの時と変わらないレヴューが繰り広げられる。そしてそれに再びときめいたなら、陽子ちゃんはちゃんと心の中に戻ってきてくれる。あの時の直観はやはり正しかった。今も昔もこの世は太陽でできている。この世は美しく輝くもので成り立っている。この世は美しいもので満ちあふれているのだ。
 私たちは幾つになっても忘れてはいけないものがある。それは、あの夏の日にかわした海との約束、情熱。それを捨ててまで得るほど価値のあるものなどこの世にはない。これを持ち続ける人は、年齢にかかわらず青年である。永遠の生命を生きる青年である。しかしこれを失うとき、すべては終わる。人としての人生が終わるのである。
 あなたは夕陽を見て美しいと思うであろうか。

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