忘れ得ぬ症例 痛恨の一例
田中正明(伏見)
母親は35歳3回の経産婦。第1子は30歳時39週4日女児3354g。第2子は32歳時39週2日女児2766g。第3子は40週4日女児2780g。いずれも経膣分娩にて正常産。今回は4回目の妊娠。
妊娠経過異常なく40週6日、午前7時頃より約10分おきの自然陣痛発来、外来診察後入院となった。入院時所見、子宮口開大2cm、展退度60%、station-2、児心音良好、点滴確保、胎児心拍モニタリングの上分娩経過を観察した。午後2時半頃自然破水、子宮口開大8cm、羊水混濁、血性羊水は認められなかった。分娩開始後約10時間子宮口はほぼ全開大、その後約1時間半経過するも児頭下降進まず、遷延一過性徐脈も出現した。児頭下降の状態から分娩進行が認められず第2期遷延と診断をした。胎児心拍モニタリングよりnon reassuring fetal statusと診断し、急速遂娩を行うことに決定した。土曜日の午後であったため帝王切開術の施行にはスタッフ等の召集、手術室の準備にはかなりの時間を必要とすることが予測された。児頭先進部は産瘤のため大泉門、矢状縫合は判然とせず、児頭骨盤不均衡の所見もなく児頭が嵌入し十分に下降していることが確認されたので吸引分娩による選択を行った。陣痛発作時に合わせてクリステレル胎児圧出法も併用した。吸引分娩後3096g女児を娩出した。Apgar Score1分後2点、5分後3点であった、蘇生処置を行いながら救急車を要請、病院への搬送を行った。
救急搬送後、人工呼吸管理及びカテコラミン投与、電解質補正などの全身管理を開始、経過中頭蓋内出血、肺出血、消化管出血による重症貧血、DICが出現。新生児科担当医師より輸血が必要との連絡を受けた。家族に病状の説明、輸血の必要性について説明した。しかし「必要がない、自然の経過にまかせたい」ということであった。輸血に対しての強い抵抗があったものと思われる。最終的に同意をいただくことができ、MAP輸血、血小板輸血、FFD輸血を行い改善傾向がみられた。頭血腫及び吸引分娩による皮膚壊死部分を皮膚科にてnecrectomyを施行、肉芽組織の増生も良好、感染徴候もなく順調に経過した。
生後10日目に抜管、生後26日目器内O2中止、生後34日目クベースよりコットに出た。吸啜反射がなく、注入栄養にての管理、咽頭反射もなく気道分泌物が多量にて誤飲が最も懸念される状態であった。体重増加は生後42日で生下時体重を越えた。気道分泌物の貯留は多く、約30分毎の頻回の吸引を必要とする状態が続いた。その後整形外科にてリハビリテーションを開始。排痰、体幹の運動を開始した。
ご両親は一日も早い退院を希望された。現時点では頻回の吸引や厳重な観察とモニタリングが必要なこと、不測の緊急事態が起こり得ること等について担当医と私より説明する予定をたてるも、「必要がない。聞く意志がない。とにかく早く連れて帰りたい」の一点張りで面談に応じてくださらなかった。退院に関しては現時点ではまだ無理だという状態であった。退院前には注入栄養、吸引手技や緊急時の連絡先、フォロー体制の整備について3日間のレクチャーを受けていただくことを条件に退院についてのお話をご両親、新生児科医師と4人でもつことができた。
退院後8日目、午前4時過ぎに電話がかかってきた。母親からであった。救急車を呼びましたが、病院で死亡が確認されましたと。皆様方には誠心誠意尽くして下さったことに感謝いたしますと。短い一生でしたが全うできたのではないかと思っております。とのことであった。私にとっては痛恨の一例であった。