エッセイ 臨死体験 西村 茂(福知山)  PDF

 80歳で三途の川から帰還した体験をご紹介します。
 運動神経の鈍い私ですが、スキー歴だけは約60年に及び、1~3月は毎週末近隣のゲレンデに通っていました。2022年2月、恒例の白山スキー場へ連泊で出かけました。金沢駅からバスで現地へ到着し、混雑ぶりにぶつぶつ呟きながらリフト乗り場へ向かいました。そして気が付くと金沢市内の大きな脳神経病院のベッドの上でした。
 「頭に大きな傷があるので八針ほど縫いますよ」と言われ、MRなどの検査とともに緊急入院し、絶対安静の身となりました。幸い頭蓋内出血はないものの、C4あたりに頚髄損傷があり、プレドニン6000㎎のショック療法が2日間続きました。約10日で地元の病院へ転送されました。頚椎の脱臼に対し、鳥かごのような鉄製の固定装具を頭蓋骨4カ所に表面からねじ込まれました。軽い局所麻酔だけで、ギリギリと骨まで突き刺されて大変痛かったのですが、固定後は少々動いても全く痛くないのはとても意外でした。手術はかなり難しかったらしく、大学からも応援に来られて3時間に及び、頚椎は8本のネジで固定されました。再び装具固定されリハビリの日々となりました。通算1カ月半に及ぶ入院と、約半月の自宅静養の後に、通常業務に復しました。
 高齢者が寝込むと体力の回復に3倍の日数を要すると言われますが、私の場合も半年間は体力の低下に悩みました。昨今は昔のように農作業にも励んでいますが(半農半医)、フレイルも同時に始まっていて頑張りが利きません。頸椎損傷の場合、命を落とすか車椅子生活が普通なのに、軽い嚥下困難を残すのみの五体満足で現役を続けられているのには、天の配剤を感じずにはいられません。
 私の緊急入院中に家内や職員は閉院を真剣に考えていましたし、私自身もこのような人生の終わり方もありかなと思ったりもしました。事故直後から救急病院まで意識が全くない脳振盪のお陰で苦痛記憶が全然残っていないので、今シーズンの予約はもう取っています。三途の川まで行ったのは今回で2回目ですが、2回ともお花畑もなく、きれいなお姐さんも居なかったのは、幸いだったのか不運だったのか複雑な気持ちですが、何故か間違いない幸運の持ち主のようです。

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