特集1 地域紹介シリーズ・西陣 感染症対応で発揮された地域の力  PDF

 地域紹介シリーズ「西陣」座談会を2022年10月20日に協会会議室で開催。出席者は、西陣医師会から水谷正太氏、上林政司氏、鈴木由一氏、渡邉賢治氏、協会から辻俊明理事(司会)。

西陣織の町 いま・むかし

機織りの町の面影
今はなく
 辻 本日は、お忙しい中お集まりいただきましてありがとうございます。
 まずは、西陣の地域柄、人のつながりなどについてです。西陣は昔から機織りの町で、江戸時代は1日千両のお金が入ってきたという「千両が辻」で毎年催しがあるようですが、そんなことも絡めてお話を聞かせていただけますか。
 水谷 実は千両が辻って、私もよく知らなかったのですが、調べてみたら、私の診療所の辺りがど真ん中ということがわかりました。呉服の問屋さん、金糸屋さん、糸関係の問屋さんやらが結構ひしめいていたんだなあと。もう今はその面影はありませんが。私の患者さんたちも、多くはそういうところで働いていた人たちやそのお子さんであったりします。患者さんからも、昔は頑張って糸売ってたんやという話を伺うことがあります。
 上林 私は、生まれ育ちは山科ですが、中学・高校が洛星なのでこの界隈で過ごしました。中学の美術の授業で版画を作る時に、西陣の機織りにスケッチに行ったことがあります。その頃から見たら、機織りの音もだいぶ減ったなあと思いますね。私の病院、向かいが上京警察署なのですが、昔は西陣警察署と言っていました。西陣警察署の方がいいのになあという思いがある地域です。
 鈴木 私の診療所は西陣の一番東の端になります。機織りの音が聞こえるとか、そういう印象はもう全くといっていい程ないですね。たまに千本今出川辺りに行くと、機織りの音が聞こえるような空気を感じているくらいです。最近はどんどん変わっていっているので、もう時代についていけない感じです(笑)。私は耳鼻咽喉科で、機織りが原因の騒音性難聴の人がよく来られていましたが、だんだん減ってきています。そういう面でも西陣の衰退を感じています。
 渡邉 私は肛門科という専門科なので、なかなか地域とのつながりは難しいですが、私が京都に帰ってきた頃と比べても、町並みも全然変わってきていますね。世代がどんどん変わってきてるんだなと。でも、たまに機織りのところへ往診に行くと、昔の写真が家に飾ってあり、「今でもこの機を使ってるんですよ」とお話ししてくれたりすることがあり、やっぱり西陣なんだなあって。往診で町の中に入って行くと、歴史を感じられることがあり、往診っていいなあって思っています。

患者も医療者も
緊密に連携
 辻 次に、西陣医師会についてお話を伺いたいと思います。割と小さなエリアで四つの病院があり、勤務医会員もかなりいて、全体で100くらいの医療機関が会員ですね。地域医療連携、病院勤務医と開業医、あるいは開業医同士の連携という点に関してどういう状況でしょうか。また、西陣医師会は新規開業が多いようですが、医師会としてどのような対応をしていますか。
 水谷 地域医療連携に関しては、西陣医師会は比較的うまくいっていると思います。もともと古くから住んでおられる方が多く、住民同士の横のつながりがある。お互い情報交換して「あの診療所ええで」「あの病院ええで」と言いながら来てくれているんです。一方、私たちも、少し専門的な医療が必要な患者さんであれば病院を紹介する。患者さん自身も、診療所と病院に通うのにそんなに抵抗がないようで、昔からある病院に行くんやというイメージを持ってくれています。そういう意味では、連携はスムーズにいっている気がします。
 それと、古くから開業している先生が多い地域ですから、連携も古くからうまくいっているんじゃないでしょうか。病院と診療所との顔の見える関係は比較的自然とできている印象はあります。また、私が会長になっていろいろやるようになったのですが、すごく皆さん大人の対応をしてくれますね。
 上林 西陣地域には、西陣病院、堀川病院などの大きな病院があって、うち(相馬病院)は多分一番小さいと思います。医師会の仕事に参加するようになって、やっぱり顔が見えるといろいろ頼みやすい、頼まれやすい実感があります。それがすごく大事だと実感しています。コロナ禍で集まって飲んだりできなくなったのが残念で、早く元に戻ればいいなと思っています。
 渡邉 私の班は割と広い範囲ですが、仲が良くて、コロナ禍前は年2回ぐらい懇親会を兼ねた班会をやって、楽しく活動していました。そういう意味では班のつながりはしっかりある方だと思います。私自身も突然東京から京都に帰って来て、誰も知らない中で、ずいぶんと助けられました。また、地域に病院があるので、肛門科や専門科に特化している診療科としては、その存在はすごく心強いです。どうしても自院では手術ができない患者さんがおられますから。そういう時、病院があるだけで全然違います。病院の先生方と連携がもっととれたらと私自身は思っています。
 辻 西陣医師会は京都北医師会、上京東部医師会と合同で学術講演もやっていますね。
 鈴木 伝統的に合同で事業を行い、良好な関係を築いてきましたが、より一層深めようと私が会長の時に3地区の会長で集まりましょうという話をしました。
 水谷 この3医師会はすごくうまくかみ合っていますね。鈴木先生が言われた通り、3地区の会長同士が直接話をしながら、いろいろなことを決めています。
 鈴木 西陣は北区も上京区も含んだ、いわば凹凸な地域割りになっています。この区割りは、元々警察の範囲だったので行政区とは一致していないです。
 上林 行政区割りと医師会の地域が一致していないことで、行政手続きが二度手間なことも結構ありますね。
 水谷 確かに他府県はほとんど行政区割りになっています。医師会もゆくゆくは行政区割りになるのかな。西陣という名前は京都らしい情緒のある、よい名前だと思います。
 上林先生も言われたように、西陣警察署という名前がなくなって本当に寂しくなりました。上鴨警察署も北警察署になってしまいましたし、地域の名前を取っ払ってしまったのはもったいないと思いますね。
 渡邉 寂しいですよね、西陣という名前がなくなってしまうと。
 鈴木 この頃患者さんのカルテの住所を見ても、上ル下ルとか、西入ル東入ルとかいうことなく、何々町何番地で終わってしまうので、全然どこか想像がつきません。通り名だとだいたいどの地域だと分かるのに、この頃はどこから来てるのかさっぱり分からん…だんだん年寄りのぼやきになってきます(笑)。

新型コロナウイルス感染症の対応

発揮された
医師会の力
 辻 新型コロナウイルス感染症が流行して医療提供体制も一変しました。病院と診療所の連携、行政の問題、発熱外来、ワクチン、自宅療養者への在宅支援など、今も現在進行形で大変な課題を抱えていると思いますが、いかがでしょう。
 水谷 コロナの感染拡大が始まった直後は、発熱患者をどこで診るのか、どういう対応をすればいいのか、国から何も発信がない状況の中で対応していました。その後、少しずつですが国からも方針が示されました。医師会の先生は、自分の患者さんは自分の診療所でちゃんと診ようとしてくれますし、例えば往診には行けないという先生は少なかったですね。発熱外来も、自分の患者さんなら診ようというところから始め、三つの大きな病院も発熱外来を一所懸命やっていただきました。病診連携という意味でもうまくいったと思います。
 ワクチン接種に関しては、診療所の先生が比較的たくさん手を挙げていただいたので、混乱はあまりなかったと今は思っています。
 医師会に入っていない先生方にも、困っておられたらどうぞと連絡し、府医師会とも連絡を密にして、丁寧には進めていたと思います。
 辻 病院との協力はどうだったのでしょうか。
 水谷 助けていただいたと思っています。自院で診られない患者さんで、相馬病院に行っていただいたケースもたくさんありました。ワクチン接種も一つの診療所だけでは対応しきれないことが多くありましたから。
 辻 西陣織会館でワクチンの集団接種がありました。人員は十分集まっていたんでしょうか。
 水谷 全然困ることがなかった程、集まっていただきました。渡邉先生に苦労していただいて割り振りもうまくいき、比較的トラブルもなくスムーズだったと思います。
 渡邉 西陣織会館の集団接種に関しては、最初は、看護師さんが応募してくるか、先生方はどうかと心配していたんですが、皆さん本当にたくさん応募してもらいました。誰をどこに振り分けたらいいかの方が大変でしたね。そのことを通じて、先生方と直接話をすることができ、医療機関の異なる看護師さん同士も仲良くなったようです。そういう意味で、地域をまとめることに関してすごくいい成果を得たと思っています。行政ともいろいろな話し合いができました。そのような関係をこれからも続けられるといいですね。
 辻 そんな意義もあったんですね。

ワクチン、治療薬もない中で奮闘
 辻 コロナ感染拡大初期の頃の病院はどういった様子だったのでしょうか。
 上林 発熱外来は当初、近所のホームセンターで買って来たテントを建てて診察していました。6月頃ですが、もう本当に暑くて。フルPPEでそこへ入ると、もう、どうしようかなというくらいでした。後に補助金が出るようになって、同じ場所にプレハブを建てることができ、エアコンを設置することができました。思い返せばそれは2020年の6月のことです。ワクチン接種開始のおよそ10カ月前の話です。まだコロナ患者さんと面と向かうのは怖かった頃のことですね。看護師にも、やってくれと言うのがちょっと辛いくらいでした。ワクチンもなく、治療薬もあまりない状況で対応していました。
 ワクチン接種が始まったのが2021年4月でしたが、私の病院で接種の予約受付を開始するという記事が京都新聞に載りました。4月26日のことです。その日朝から電話殺到で、事務員も他の仕事ができない程でした。みんなに喜ばれるかなと思っていたんですが、むしろ逆で「電話がつながらん」「予約が取れへんやないか」と苦情を言われることが多くて、困ってしまいましたね。
 水谷 なんかもう、だいぶ昔の出来事のような…。
 上林 そうでしょう(笑)。
ワクチン接種が始まる年の1月頃、訪問診療で高齢者施設など、ある程度まとまった人数の入所者さんを診ていましたが、そこでクラスターが発生して大変なことになりました。私が診ていた入所者10人程の内、4人・5人は亡くなられました。うち1人はたまたま私の病院に入院しておられて感染が分かったのですが、どこへも移動してもらうことができなくてね。まだワクチン接種も始まっていない時です。看護師も怖がりますし、大変でした。しばらくして、その施設に顔を出したら、以前はみんなで集まって食事をしていた食堂は使われなくなって、ガウンやらなんやらがうわーっと置いてあって。入った瞬間、もうこれは被災地と変わらないなと思ったのを覚えています。
 第7波では、私が10人くらい診ている別の施設でもクラスターが発生しましたが、もうその時には誰も亡くなられることはありませんでした。それでも1人だけ入院を要する入所者さんがいたのですが、第7波のピーク時だったので入院はできませんでした。幸い、酸素だけ施設に置いて診ていたら治ってくれました。本当にこの2年くらいで状況はずいぶん変わりましたね。

戻らない
経営状況
 鈴木 私もワクチン接種などに協力したい気持ちがあり、水谷先生に相談しました。ですが、タブレットの入力作業など機器が苦手なこともあり、従業員のワクチン接種だけにしました。幸い、水谷先生からも無理にしなくてもよいのではと、温かい言葉をいただきまして(笑)。
 水谷 私が悪者じゃないですか(笑)。
 鈴木 コロナで収入は半減しました。それはいまだ回復しないまま経過しています。検査もセパレートしないといけないとか、時間を区切ればいいという話もありますが、なかなか難しい。消毒だけは十分に注意していますが。
 通院患者さんから「実は、前回受診した時コロナに感染していたことが後で分かりました」と言われることも結構あります。後で知らされても、どうしようもないのですが。耳鼻咽喉科の場合、のどが痛いと受診されますが、症状の程度にもいろいろありますから。事前には判断のしようがありません。
 電話の問い合わせで、感染が疑われる時は「できれば一度検査を受けてから受診して下さい」とお願いしています。ほとんどの方は理解していただいて、特にクレームはありませんでした。当初は「そちらの診療所で受診されていた患者さんが、実はコロナだったのですが、どんな状況でしたか」と、府や市の担当者が調査に来られることもありましたが、最近はもう全然…。
 水谷 ほったらかしですね、最近は。とにかく、アルファ株やデルタ株の時は急激に間質性肺炎になってしまうと分かっているので、特に耳鼻咽喉科、眼科など、患者さんに顔を近づけて診察する科の場合、リスクを負って診てあげたい気持ちは当然あったと思いますが、ちょっと厳しかったと思います。
 上林 今その余波で困っているのは、慢性疾患の患者さんが病院に行くのも嫌だと、薬だけほしいとか、今まで月1回来られていたのに、2カ月に1回の受診になったとか、2カ月分、3カ月分の薬を出してと言われることが増えました。当初は「仕方がない」と思っていましたが、今になってもそれだけ薬を出してくれと言われます。でも、もうダメですとは言いにくくて。受診間隔がすごく伸びた患者さんが多くなりました。
 辻 受診間隔が延びて、病状が進んだとか、そんなこともあるんですか。
 上林 慢性の患者さんですから、それでただちに悪くなる人はないのですが。患者さんが減ったわけではないのですが、受診間隔が伸びたため、外来の数は減ります。
 辻 私のところもそうです。薬だけもらうということが当たり前になってしまっています。
 渡邉 私のところも最初の1年目は患者さんがガクッと減りましたが、お尻のことなので、2年目くらいからは、ちょっと戻ってきたかなという感じです。それでも「コロナが心配だから薬だけもらえませんか」と言われ、軟膏だけ出したことはあります。電話で「こういう状況だから薬を送ってくれませんか」「誰か取りに行ったら出してもらえませんか」と、なるべく診療所に来ないで薬がほしいという方もいました。症状がひどくない人は我慢したり、市販のお薬を買って対応していたと思います。

感染した医師への
補償を
 水谷 私たち内科は、発熱外来をしていたこともあって、そこまで患者さんが少なくなった感じはありません。
 一方で、発熱外来ではリスクを背負って診察をしていますが、医師が感染した場合の公的な補償はありません。発熱外来は医師の責務だという使命感でしているのに、国からは何の補償もない。冷たいなと思ったことはありました。
 辻 他に何か、行政に対して要望はありますか。
 水谷 贅沢かもしれないですが、ワクチン接種料を非課税にしてほしかったと思います。2千数百円をもらっても、結局半分ぐらいは税金を支払います。あまり補助になっていないと思いました。価格をもう少し上げるか、非課税にしてもらえたら、ちょっとは報われたかという感じがします。

全数把握見直しで
負担軽減
 辻 陽性者の全数届出が見直されて、実際、楽になっているんでしょうか。
 水谷 診療所の事務は楽になりました。登録が遅れに遅れていましたから。
 上林 流行のピーク前でやってほしかったですね。見直されたのはもうピークを過ぎてからでしたから。
 水谷 作業のために毎日、夜中までかかっていました。患者さんから「HER-SYSをチェックしたら入っていない」と言われて、慌てて問い合わせて入れ直すこともありました。ピーク時には、私の診療所でもだいたい1日20人程は診ていました。その20人分をその日の診療が終わってから入れ直すことになります。結構細かいことを聞かれるので、すごく面倒くさくて。今は数だけでよくなりました。私は診療所だからそこまでではなかったですが、病院はもっと大変だったんじゃないですか。
 上林 病院は私が入力するのではなくて、事務スタッフがやってくれているので(笑)。

これからの西陣医師会のあり方

魅力的で 「強い」
医師会目指し
 辻 最後に、今後の西陣医師会の活動展望や、後進への期待についてお伺いします。西陣は魅力のある地域で、新規開業件数も多いようです。逆に、何か問題とはなっていないでしょうか。
 水谷 気になるのは、新規開業の中に、医師会に入らないケースが目立ってきたことです。他地域のことはよくわかりませんし、比べることはできませんが、西陣にもメディカルモールが増えてきています。そういうところの全員が医師会に入っているわけではないので、いかに医師会に参加していただくかが課題だと思います。
 同時に、開業する若い先生たちにとっても、魅力を感じてもらえるような医師会にしていく必要があります。会員になるメリットを私たちで作っていかないといけないのかもしれません。
 辻 しかし、入っていない方とも、会長はちゃんとお付き合いして…。
 水谷 コロナ禍という緊急事態ですので、そこは大人の対応をと思って。こういう形でワクチンを入手して下さいとか、そういうお知らせはしておきました。
 今の状況を見ていると、国としての新しい試み、例えばマイナンバーカードの導入とかの情報は、後出しで私たちのもとに入ってきます。それがすごく気に食わないですね(笑)。
 それは多分、医師集団そのものの力が弱体化しているからでしょうか。そうならないように、ある程度の人数の医師が医師会に入ってくれる仕組みをこれから作っていかないと、このままでは医師会はただの集まりの会になってしまいます。医師会としても何か、それなりのステータスを作っていかないといけないと感じています。
 辻 時間になりました。本日はどうもありがとうございました。

水谷 正太 氏
京都市西陣医師会 会長
みずのや医院

鈴木 由一 氏
京都市西陣医師会 監事
耳鼻咽喉科鈴木医院

上林 政司 氏
京都市西陣医師会 副会長
相馬病院

渡邉 賢治 氏
京都市西陣医師会 副会長
渡邉医院

辻 俊明 氏
司会・協会理事
辻眼科医院

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