医師が選んだ医事紛争事例 143  PDF

左小脳梗塞の診断遅れ

(60歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 本件医療機関の医師は、患者から眩暈・嘔吐を訴えられたため、正午ぐらいに患者宅へ往診した。患者は意識清明で麻痺も認めらなかったので、内耳性眩暈と診断して点滴をした。それから約3時間後にまた往診をしたが、その際も患者は意識状態に変化はなく、嘔吐もやや治まっていた。ところが、それから約6時間後に患者の息子から痰が切れ難いとの連絡があり、再々度往診した。患者の状態は、平衡失調が著明であり、意識レベルの低下も認められたため、小脳梗塞を疑いA医療機関に搬送。結果、左小脳梗塞と診断された。
 患者側は、もっと早くに頭部CTを撮るべきで、早期治療の機会を逸したとして、後遺症等の慰謝料を請求するとともに医療費の支払いを拒否した。また、A医療機関の医師から患者側に何故もっと早く受診しなかったのかと尋ねられたとのことだった。
 本件医療機関は、当初は最初の往診時に頭部CT検査のため患者を早急に搬送していれば、早期診断ができ治療を開始していた可能性があるとして、その場合には過誤があるとも考えたが、後日の検討により否定した。
 紛争発生から解決まで約4年8カ月間要した。
〈問題点〉
 医師は同日に患者宅を3回往診しているが、1回目の受診時には患者の意識も清明であり、専門でない内科医が小脳梗塞を疑うことは極めて困難であろう。したがってtPA治療を目的とした転医勧告までは不可能と考えられる。3回目の往診時に初めて意識の低下が認められたが、その際にはA医療機関に搬送しており問題はない。さらに、仮に1回目の往診時に小脳梗塞を疑うことができて患者を搬送させていたとしても、その段階ではCT検査で小脳梗塞の確定診断はできなかったであろう。
 以上のことから、結果的に小脳梗塞の診断遅れはあったが、患者の予後に影響はなかったと推測できる。患者側はA医療機関の医師の前医批判とも解釈できる一言で、本件医療機関にクレームを言っている。本件医療機関も調査の結果、医療過誤とまでは判断できないとしながらも、若干の解決金を提示して、その際の説明では過誤を認めて謝罪したと誤解されるような表現も混在していた。その背景には、患者の配偶者も、別件で本件医療機関に医療過誤を訴えており、夫婦のトラブルをまとめて解決したいという意図があったようだ。医療機関側の混乱は理解できるが、医学的な判断を無視し、若干の見舞金を支払うことで紛争を解決しようとした姿勢には疑問が残る。結局、紛争解決を長引かせる結果になったと言えよう。臨床的に運動麻痺等を簡便にベッドサイド診察するには、片麻痺等ではBarre上肢・下肢徴候や、失調等では上肢のadiadochokinesis(変換運動反復障害)、立位保持が可能であれば転倒防止に留意しつつ、Romberg徴候などが有用である。
〈結果〉
 医療機関側が解決金を示したが、患者側は納得せず、そのまま膠着状態となった。その後、患者からの申し出がないまま時間が経過し、立ち消え解決とみなされた。

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