エッセイ 初夏カモメと遊ぶ 辻 俊明(西陣)  PDF

 休日の朝9時、京都市を出発し、昼過ぎに丹後の伊根町に到着した。車を降りると6月の空はどんより、伊根湾は波なくまったり。湿った空気は生暖かく、水際は漁港特有の磯のかおりに包まれていた。
 海に面した食堂で魚料理を食べた後、海上から伊根湾観光をすることに。150人乗りの遊覧船にするか10人乗りの海上タクシーにするか。何とはなしに海上タクシーにした。
 地元の船頭さんたちが自分の船でガイドをしながら伊根湾内を周遊し、陸上では味わえない舟屋の風情を楽しませてくれる。これが海上タクシーで、現在3隻就航している。いずれの船も電話をかければ数分で迎えに来てくれるし、1000円で湾内のどこへでも行ってくれる。小回りがきくから、舟屋の間際まで近づける。屋根もちゃんと付いている。船頭さんは地元の話をしてくれる。このように海上タクシーの持つメリットは大きい。
 出航してしばらくののち、カモメがいっぱい寄ってきた。船頭さんが餌としてエビセンをくれたから、これが目当てだ。エビセンを指でつまんで空に突き出すと、カモメがくちばしでくわえてサッと持ってゆく。放り投げてもうまく取る。彼らは餌だけを突っつき、決して人の指先に触れたりはしない。そのあたり、ちゃんとわきまえている。たいしたものだ。それに何より空中キャッチが見事。餌を放り投げるたびに群れの中からかわるがわる餌めがけてやってくる。この光景、なんとなくAKBのメンバーが踊りながらセンターを入れ替えてくるのと似ている。奈良公園の鹿に煎餅をやるより、こっちの方がずっと楽しい。何の気なしに海上タクシーに乗っただけなのに、こんなに多くのカモメ君たちと仲良しになることができた。伊根の楽しみは舟屋と魚だけではなさそうだ。
 京都市から電車と車を乗り継いで3時間余り。Just a day out of daily life. ほんの一日の非日常。しかし心のエネルギーを満タンにしてくれる。
 帰りがけの路地で野良ネコちゃんがこっちを向いてニャーニャー言っていた。あれは確か、翻訳すると「また来てね」だったなあ。

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