新理事者随筆忘れ得ぬ症例 忘れられない挨拶状 中村 佳子(中京西部)  PDF

 もう6年以上前から、家族でよく行った日本料理の店主が急逝しました。孫たちのお食い初めや七五三等のお祝いにはいつも利用していましたので、大変残念でおります。昨年娘さんが嫁ぎ一人暮らしになったことと体力が落ちてきたからと、4月に閉店すると聞いておりました。亡くなる前日も馴染みの客達と料理や店じまいの苦労話を聞きながら、舌鼓を打ちつつ愉しいひとときを過ごしておりました。帰り際「やっと刷れました」と、閉店の挨拶状を渡されました。
 翌日は私の知人がその店を予約していたのですが、「店に来たけどシャッターが閉まったまんま。どうなってるんやろ?」と、電話して来ました。約束を破るようなそんな人ではない、と信じておりましたので何度も電話しましたが連絡は取れず、あちこち聞いて何とか住所を突き止めタクシーに飛び乗りました。
 嫌な予感が当たらなければ良いのだけどと願いながら、玄関のインターホンを押したりドアを何度もノックしましたが、返事がありませんでした。お向かいの奥さんが出て来られ、「今日は見かけなかったですよ」と仰いましたが、ドアの郵便受けから薄明かりが見えましたので、思い切って警察に連絡しました。
 パトカー、救急車に消防自動車まで来て急に物々しい雰囲気になってしまいました。「絶対に中に居るはずです」と到着した警官に説明すると、特殊な器具でドアを開け中に入って行きました。間もなく入り口近くのトイレでうつ伏せで倒れている店主を見つけました。孤独死でした。ようやくその頃、長女夫婦が到着し父であることを確認しました。もちろん、私は会わせてもらえませんでしたが、長年調理場で立ち仕事をしてこられたからでしょう、硬くなった踵だけが一瞬見えました。
 その後長時間、事情聴取で引き止められました。何日も放置されずに済んだことは、長年楽しませてもらったことへのせめてもの恩返しだと思いました。
 閉店の挨拶状に「悔いのない料理人人生でした」と書いてあったのがまるで遺言のようで、今でも忘れられずにおります。  合掌

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