富士山 関 浩(宇治久世)  PDF

最終回
第16回
剣ヶ峰3776m、お鉢巡り

 今回の富士登山はあくまでもお鉢巡りが目的で、ご来光は途中の山小屋でも良いと考え、また2泊にした理由は、頂上の天気は運任せ、それならばチャンスを2回つくる方がよいと思ったからだ。
 噴火口である大内院、その直径は剣ヶ峰~久須志神社間約780m、深さが約237m、八合目まで達するといわれ(写真1)、この周囲を巡るのをお鉢巡りという。標高差76m、一周約2・6㎞の日本最高所地のトレッキングコースと言える。反時計回りに進むことにした。眼下に厚い雲海の層が見られるが、頭上は文句ない快晴、歩き始めると初めて頭痛を感じた。久須志神社のある吉田口(須走口)頂上では山麓の3分の2しかない薄い空気(大気圧)だという。簡易酸素缶も持ってきているが、どうしようかと迷っているうちに弱くなり消えた。気温は11℃、ほとんど無風と快適である。黒褐色の玄武溶岩とそれが崩れた砂礫の道が続く。深夜に登って、頂上でご来光を迎えた登山者の内、体力を残す人がこのお鉢巡りも行うのだが、最高峰剣ヶ峰までの距離は吉田口頂上から800mの距離、御殿場ルート、富士宮ルートの頂上からはあと少し頑張れば達する距離でもあり、剣ヶ峰に到達すれば頂上はもう十分、お鉢巡りまではとてもという人も多いのかもしれない。七、八合目に1泊し、深夜に登頂組は帰りのバスの時間に間に合わせなければならない。頂上から五合目までの下山には最低4時間を要することを考えれば、1時間半以上かかるお鉢巡りが全員果たせるわけではないし、できる人も午前の早い時間に終わっており、昼からの人はいきおい少なくなるのかもしれぬ。山頂の山小屋はにぎわっていたが、周回コースには拍子抜けするほど登山者がいない。久須志岳を過ぎ反時計回りに第2噴火口(小内院)と第2火口棚の間を進む、道は整備され歩きやすい。進むとさらに行きかう人もまばら、遠くに見える登山者の黄色や赤のヤッケさえも岩の間に千切れた断片のように見える(写真2)。周りに誰もいなくなり、静謐そのものだ。歩を進めるにつれ、ひとりではない、誰かと一緒のような不思議な感覚にとらわれた。左手に巨大な大内院が見え、長い西安河原にしやすのかわらの道も登りに差し掛かり、息が上がる。休みながら剣ヶ峰3776mに達した。隣接する旧測候所はすでに閉鎖され内部をうかがうことはできない。以前は富士山レーダーが設置されていたが、現在は取り払われ、富士吉田市に保存されている。日本最高峰としての撮影スポットであり、順番がくるのをしばらく待った。台湾人の一団が自国の国旗を掲げてはしゃいで撮影している。ここで十分な時間を取り、馬ノ背の下りにかかった。勾配が急でそのままだとつんのめってしまう。崖側の柵につかまりゆっくりと降りる。降り立ったところで振り返ると、30度の急坂が背後にせり立っていた。下ったところ、富士宮口頂上に富士山浅間大社奥宮があり、シーズン中は隣接の郵便局も開いており、記念に切手シートを買った。御殿場口頂上を経て東安河原ひがしやすのかわら、朝日岳、伊豆ケ岳は山頂の東縁を進み、成就岳を左に見、頂上の山小屋に至りこれで1周したことになる。下山するにあたり、最後にもう一度大内院の縁に行き、剣ヶ峰を仰いだ。
 此処で、1年半前に天寿を全うした母親と、46年前に25歳の若さで自ら命を絶った親友とに再会できたと感じた。

 参照『登れる!富士山』佐々木亨(山と渓谷社2011)

(写真1)大内院と日本最高峰の剣ヶ峰と旧測候所
(写真2)第2火口棚から西安河原に向かう。巡回者はまばらだった

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