続・記者の視点(64)  PDF

糖尿病・人工透析は自堕落のせいか?
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 過激な発言で注目を集めたかったのだろう。人命無視の暴論を吐いた輩がいる。
 「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」という記事を、長谷川豊というアナウンサーがブログに書き、大炎上した。
 患者団体の全国腎臓病協議会が抗議文を送り、テレビ番組を降板になったが、本人は表現方法を謝罪しただけだ。
 彼の主張の骨子は、①高額の医療費がかかる人工透析の多くは糖尿病が原因だ②糖尿病は暴飲暴食や運動不足など自堕落な生活を続けたせいで起こる③自己責任だから、公費や保険で医療費を出す必要はない――というものだ。
 乱暴かつ粗雑だが、この種の意見は以前から時々見かける。医師の中にも似たような考えの人がいる。
 ひと言でいうと、糖尿病に関する知識不足と偏見である。どこが間違っているか、さしあたり6点を挙げよう。
 第1に、糖尿病の中でも1型は、生活習慣と関係なく、子どもでも急に発症する。
 第2に、病気のなりやすさには、持って生まれた個人差が大きい。人種差もあり、東アジア人は肥満でなくても2型糖尿病になりやすい。遺伝子の違いも見つかっている。
 第3に、2型糖尿病の要因は食事の量や運動不足だけでなく、ストレス、食事の時間帯、睡眠不足が関係することが各種の研究でわかってきた。ハードワークの勤め人は、仕事のストレスが大きく、夜遅い時間帯の飲食が多く、慢性的な睡眠不足だ。
 第4に、現代の2型糖尿病は中低所得国や先進国の低所得層に多い。安くておなかがふくれる炭水化物中心の食生活になりがちだからだ。経済的に余裕のある人は、たんぱく質や野菜など良質の栄養をバランスよく取る。国際的には、糖尿病は「貧困病」という認識に変わってきた。
 第5に、運動不足になるのは肉体労働の減少や乗り物の発達のほか、忙しいからだ。ふだんは余裕がなく、休みの日も疲れて寝てしまう。スポーツをするには時間、金銭、精神にゆとりが必要だ。
 第6に、抗精神病薬など一部の薬は糖尿病を誘発する。
 誤解と偏見が広がったのは、メタボ健診をはじめ、粗雑な「生活習慣病」対策を進めてきた厚生労働省と医学・医療界の責任が大きい。
 「生活習慣病」は旧厚生省が1996年、「成人病」の代わりに導入した行政用語だが、やがて医学・医療界もよく使うようになった。
 この言葉の問題は、病気の要因は遺伝的素因、加齢、有害物質、病原体などいろいろあるのに、生活習慣だけで起きるように思わせることだ。生活習慣のすべてが本人の趣向という印象も与える。
 生活に自分で変えられる面があるという啓発の意味はあったが、実際の生活は労働慣行をはじめ、その人が置かれた状況に左右される。
 そこに介入して変えることが重要なのに、本人の自覚と努力を促す指導ばかりやっていたら、自己責任論が拡大するのは当たり前だ(それが政府の狙いかもしれない)。
 せめて「生活関連病」と呼び変えたほうがいい。

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