医師が選んだ医事紛争事例(48)  PDF

非常勤の外科医師による靭帯損傷の見落とし

(20歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 大学の空手部の練習中に右手を蹴られて時間外受診した。非常勤の外科医師が診察したが、単純X―Pで明らかな骨折は認められず、右拇指打撲と診断した。アルミシーネ固定、ロキソニン等を処方。なお、再来院の療養指導はしなかった。患者は痛みが継続するため、別のA医療機関を受診したところ、靭帯損傷の可能性を指摘されたので、B医療機関を紹介され、靭帯損傷が確定されたので手術を施行した。
 患者側の主張は以下の通り。
 ①靭帯断裂を打撲と誤診したことに対する誠意ある謝罪を求める。
 ②医療費患者自己負担分の返還。
 医療機関側としては、カルテによると再来院の指示なしとの欄にチェックがされていることから、療養指導を怠った可能性がある。しかしながら、記録はないが看護師は外来で再来院することを指導したとのことだった。誤診については医療過誤の判断が難しかったが、患者の心情を考えて謝罪をした。ただし、その時期が遅れたために、一層感情を害し、医療費の返還のみでは納得しなくなった可能性が高かった。
 紛争発生から解決まで約2カ月間要した。
〈問題点〉
 以下の点についてチェックが行われた。
 ①患者の主張する「診断ミス」は事実であるか?
 ②靭帯損傷等の可能性について説明義務はあるか?
 ③MRIを患者が希望したが、当該医療機関に設備がないにしても他院を紹介すべきであったか?
 ④看護師は次回受診の指示をしているが、証拠がない場合は説明義務違反を問われるのか?
 ⑤患者は空手家として有望らしいが、他の患者に比較して特別な診察をしなければならなかったか?
 ①について、靭帯損傷までは確定診断できなかったとしても、誤診とは言えない。②について、①の通り靭帯損傷が診断できない以上は、説明すること自体が不可能であり説明義務はない。③について、MRIの絶対適応はないと考えられた。④について、記録がない上に、患者の記憶もないことから強く主張することはできない。⑤について、他の患者以上に注意するというよりも、通常通り診療しているので特に問題ない。ただし、療養指導に関しては問題があった。
 更に、診断の遅れは2日となっているが、2日間の遅れで患者の予後に影響があったとは考え難い。したがって、実損は認められない。ただし、療養指導を怠ったことは事実であろう。しかしながら、前述した通り、実損がないことから、賠償責任までは問うことが困難と判断された。
〈結果〉
 医療機関側は過誤を否定したが、最終的に若干の「見舞金」を支払うことで、患者側が納得した。

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