裁判事例からの考察③  PDF

電話では緊急性の判断は難しい!

 緊急に医療対応を要する場合、前述3事例(本紙2973・76・77号)では、特定の医療機関への受診に救急車での搬送が介在していたが、搬送には、受け入れ可能性(拒否を含む)を電話で打診し、連絡時での説明・応対が問題となる(同73・77号)。そこで、今回は、本人が119番に架電して、Y市救急隊の管制室で、本人がタクシーを呼んで受診すべきものと評価・返答され、その後自室での死亡が発見され、遺族がY市に対し約1億円の損害賠償を請求して提訴し、平成25年3月30日解決金1500万円で和解した事例を紹介する。
 Y大学2年生19歳男Aは、平成23年11月9日、一人暮らしの下宿自室にて遺体で発見された。死体検案書では、死亡は同月1日とみられ、死因は「病死疑い」で特定されていない。同年10月31日午前5時11分、Aは自分でY市消防本部に通報した。当時の通信指令課職員2人は、「歩けるのか」「タクシーでいけますか」と尋ね、「動ける」「タクシーの番号がわかれば自分で行けると思います」と答えたやり取りから、「緊急性がないと総合的に判断した」もので、適正と被告Y市は抗弁した。なお、Aが番号案内やタクシー会社に携帯電話から架電した痕跡はない。
 遺族には、「あの時、救急車が来てくれたらAは死なずにすんだのではないか」との思いが残る。受任弁護士は、検証のため同時刻に病院を視察したが、院内は真っ暗で、自動ドアは開いたが、事務室まで遠いという状況であった。
 Y市によれば119番通報の受信システムは以下の通りである。2人の職員が組となり、1人が緊急通報受理票の記載に沿って、通報者と会話しながら①意識②呼吸③出血④嘔吐⑤独歩可能か否か⑥打撲、腫れ、骨折等の有無―の6項目を確認してメモする。もう1人は、会話を聞きながら、通報者の居場所などを表示するなどバックアップする。その上、2人で緊急性を総合的に判断し、緊急性がないと判断した場合は、通報者に自車やタクシーを利用できるか否かを確認し、最寄りの病院を紹介する。救急車が出動しなかった場合は、「問い合わせ」に分類され受理票は毎朝8時30分に廃棄される。担当する職員は県消防学校救急標準課程を受講し、2人とも受講修了の上、1人は600回以上、もう1人は2800回以上の通報を受けた経験があり、Y市は、職員は上記基準に従い手順に沿って確認しており、医師や看護師でもなく、それ以上の確認は困難で無理強いとなるとして、過失を否認した。
 某医大小児科医師意見では、職員とAとの会話の音声記録は、「ろれつが回っていない。軽い意識障害が疑われる。呼吸も荒く嘔吐もある。髄膜炎の可能性が伺える。そもそも医師でない職員が緊急度を判断してよいのか」と疑問を呈する。「小児科の電話相談で様子を聞いて翌朝の診察まで待てるか、電話だけでは判断が付かず、不安なら来院してよいと答える」とする。規模の同じF市は、「電話だけでは判断できない。通報常連者がいて緊急ではないと分かっても、通報には全て救急出動」の方針とする(産経ニュース平25・1・13)。
 電話情報だけでは、緊急性の的確な判断は難しく、悩ましいものがある。
(医療安全対策部会 宇田憲司)

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