2024年1月1日に発生した能登半島地震被災地の能登北部医療圏(輪島市・珠洲市・穴水町・能登町)の医療課題に関する第2回目の調査活動(4月24日〜25日)に協会事務局が参加した。調査は公益財団法人日本医療総合研究所の「災害と地域医療の研究会」によるもので、前回(24年12月)に続き、横山壽一氏(佛教大学・金沢大学)、長友薫輝氏(佛教大学)、井口克郎氏(神戸大学)、研究所専務理事の鎌倉幸孝氏とともに参加した。
今回の調査は珠洲市を中心に保健・福祉の状況の訪問・聞き取りを行った。
珠洲市沿岸部は12月調査時に比べれば「公費解体」が進んだためか更地が目についた。しかし揺れと津波の爪痕はまだまだ生々しく、ほぼ全ての電信柱が傾き、倒壊家屋は至る所に残され、道を往来する人はほとんど見かけない状態。宿泊でお世話になった「宝湯別館」は、被災前は道路を挟んだ海側に「本館」もあったが今は跡形もない。倒壊した本館では亡くなられた方もいたという。
公立病院の社会的使命を果たしたい
珠洲市総合病院では、診療体制は震災前にほぼ戻すことができたものの、患者は6割程度にとどまるという。地域に住民が戻って来ていないことも一因と考えられ、特に施設の損壊や職員退職などによる介護体制困難の影響と考えられる。病院は壊滅した歯科診療を住民に提供するため、歯科を新設。収支は度外視し、公立病院の社会的使命を果たすための懸命な努力が続いている。
保健師として地域に携わることの大切さ
自らも被災した保健師は、母を背負って避難する体験をしながら、避難所運営、在宅避難者・車中泊の方・高齢者や子どもの安否確認、水の確保、物資手配、DMATの差配などにあたった。帰りたい人が帰れない状況は「人がいない、家がない、福祉施設も復活しない状況で、そんなところに戻っておいでとは言えない」と胸の内を明かす。
職員の退職で福祉施設も縮小
特別養護老人ホーム(100床+ショート8床)のスタッフは発災時、特養98 人の入所者のうち86人が広域避難し、戻って来られたのは59人だったと語った。後は入院や体力的な問題、避難先で亡くなられた方もいるなど、さまざまな理由で戻っていない。施設は3月末に復旧したが職員不足で定員縮小する予定。7カ所のデイサービスは稼働していない。職員の多くが住居をなくして退職した。特に子育て世代がいなくなった。
震災後初めての元日はゴーストタウン
社会福祉協議会は事務所が被災し、移転・解体が決まっている。運営していた3カ所のデイサービスも復旧していない。職員も被災し、亡くなった人もいる。被災後3分の1が退職。特に子育て世代の人がいなくなった。震災1年後の元日は帰省する人もなく、ゴーストタウンさながらだったと語る。
医療離脱の現実
能登町の小木集落の医療を守るクリニックの医師は、被災によってかつて医療につながっていた人とのつながりが切れる「医療離脱」の深刻さを語り、在宅医療によってつなぎ止める必要性を語った。担当する高齢者施設の被害は甚大で、傾いた建物に高齢者が暮らし続けており、民間施設ゆえに公費解体はできても自ら再建することの困難性を指摘した。
総合的な政策提言を
研究会は夏にも3度目の現地調査を予定している。「帰れる場所」としての能登の再生には、医療・介護の再生は不可欠である。だが医療・介護だけを考えるのではなく、「暮らし」全体に目を向けた総合的な政策提言が必要である。
たなか・ひろゆき
1998年ᅠ自治医科大学卒業
2007年ᅠ たなか内科クリニック開設
内科・漢方診療に従事。
訳書に「漢方百物語」「老中医」。