鈍考急考 58  PDF

「兵庫ショック」から考えること
原 昌平 (ジャーナリスト)

 SNSによって、常識的な予想がひっくり返った。
 兵庫県知事選で、県議会の不信任を受けて失職した斎藤元彦氏が再選された。
 その後、選挙運動の裏事情が次々に浮かび上がり、事態は動いているが、いま考えるべきことを整理してみたい。
 第1に、選挙をめぐる違法行為は徹底糾明される必要がある。PR会社がSNSを含む選挙運動を引き受けた買収の疑い。立候補した立花孝志氏が実質的に斎藤氏の応援運動をしたこと。虚偽事実の発信、脅迫まがいの演説。対立候補のX(旧ツイッター)への発信が2回にわたり停止されたこと(業務妨害の疑いで告訴状)など。
 現行の公職選挙法で対処できない不適切な行為があるなら、つぎはぎでよいから法規制すればよい。都知事選でも異常なポスターがあった。
 第2に、選挙に勝ったからといって、過去の問題は帳消しにはならない。内部告発の犯人探し、パワハラ、おねだり、パレードをめぐる金融機関への協賛金要請と見返りの補助金増額の疑いなど。
 地方自治体は首長と議会の二元代表制だから、県議会は遠慮せずに調査し、報道機関も追及を緩めてはいけない。
 第3に、ネット上の情報工作によって、多くの人々を洗脳(?)・扇動できてしまうこと。これは深刻である。
 SNSで誰でも簡単に文字、写真、映像を発信できる時代になった結果、虚偽を含む情報が拡散し、受け取る情報・意見も偏りがちだ。
 今回はショート動画、SNSによる拡散、被害者・加害者を逆転させる構図の演出が行われ、投票率は前回より15ポイント近く上がった。
 これではファシズム的な扇動もできるだろうし、関東大震災時の朝鮮人虐殺のような事態さえ起きかねない。
 SNSを運営するIT企業の責任は重大だが、自主的な改善は期待しにくい。
 選挙、戦争、災害などに関する明白な虚偽事実の拡散や、差別・悪意の攻撃、発信者・登場者を偽った情報流布には、法規制を導入すべきではないか。言論の自由との関係で慎重な意見もあるが、このままでは危険すぎる。
 第4に重要なのは、受け手のリテラシー(批判的検討力)を高めることだが、こちらは容易ではない。若い世代の投票動向にSNSの影響が大きかったのは、主に利用するメディアの違いである。
 衆愚というなら、どの世代も昔から衆愚だ。政治改革と称する小選挙区制導入、郵政民営化など、過去の国政選挙もイメージや構図で動いた。
 第5に、まっとうな政治活動、社会運動に取り組む人たちは、動画を含むSNSを本気で活用しないといけない。
 都知事選の石丸伸二氏の大量得票も、衆院選の国民民主党、れいわ新選組の躍進も、動画を中心としたSNSの力が大きかった。組織中心の自民、公明、共産は退潮した。
 人間同士のつながりや対話を重視したい気持ちはわかるが、中年以下の人々は組織化を好まない傾向があるし、印刷物は届く範囲が限られる。
 時代の変化をぼやき、そっちは苦手といつまでも言ってたら、席巻されてしまう。

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