対抗軸を探る 8 都留文科大学名誉教授 後藤 道夫 福祉国家構想研究会 少子化と「失われた50年」A「資本独裁」と少子化の制御不能  PDF

1975年

 日本の労働組合の対抗力は1975年を画期として大きく縮小し、世紀転換期の労働市場改変はほとんど労働側の抵抗を受けなかった。75年以降、労働組合のストライキはほとんど見られない(図1)。
 激しい少子化に至る歴史環境を考える上で、この「75年転換」の意味は大きい。「資本独裁」の社会が半世紀続き、労働側の抵抗をほとんど受けない企業経営は、深刻な労働力不足に至る激しい少子化環境を自ら生み出し、制御不能に陥ったからである。
 70年代後半から、実労働時間が反転して増え始め、賃金の企業規模格差は再拡大し、男女の賃金格差が再び開き始めた。70年代末には政治の再保守化が鮮明になる。
 高度経済成長の終焉が「資本独裁」をもたらしたのは、それ以前に大企業の労働組合のほとんどが企業主義の「会社派」となっていたためである。労働組合の闘争課題を狭く限定し、男性正社員のみを本来の労働者とみなし、企業の労働管理と技術革新に協力し、向上した企業業績の分け前を春闘、一時金闘争で勝ち取る、こうした企業主義的闘争方式は企業存続の危機に直面した場合、ほとんど意味をなさなかった。
 労働組合が頼りにならなければ、労働者の関心は企業間競争と企業内労働者間競争での生き残りに集中する。70年代後半以降、労働組合の抵抗力抜きの日本型雇用が完成し、男女差別、非正規差別、中小零細企業労働者差別は制度化されて、企業経営および多数派労働者の「常識」となった。80年代の日本企業一人勝ちは人々の抵抗を封じ込めた。「過労死」が世界的話題になったのは80年代後半である。

ジェンダー差別の固定化と世帯形成困難

 パートを含む労働者全体の現金給与総額(残業代、一時金を含む)について、男女賃金格差の長期推移を見ると、70年代後半以降の日本の異様さが分かる(図2 太線「毎月勤労統計」)。対男性の女性賃金比は1977年で反転して下がった後、長期に停滞し、77年の値に戻ったのは2021年である。フルタイム労働者の所定内賃金に限って比較する近年の政府のやり方ではこうした状況は見えてこない。そもそも、パートは女性労働者の半数近くを占めており(「毎月勤労統計」)、これを除外した比較には大きな限界がある。女性がパート労働を余儀なくされる環境こそが、現在の日本のジェンダー差別の中心的問題であり、ひいては実質賃金長期下落の主役だからである。
 図2には日英米のフルタイム男女賃金格差の推移(OECD)を添えた。日本で格差縮小が停滞した時期に欧米では格差縮小が進み、日本のフルタイムの値とパートを含む値がこの50年で大きく乖離したことが分かる。
 男女賃金格差はフル/パート賃金格差に連動する。「毎月勤労統計」によれば、パート労働者とフルタイム労働者の平均賃金月額は、10万円(プラスマイナス0・5万円)と42・6万円(プラスマイナス1・5万円)で、ここ30年ほとんど変化がない(2020年消費者物価で調整)。労働時間は2023年現在で79時間と164時間だが、パートの労働時間は減少傾向だ。つまり、パートの労働時間はフルタイムの半分以上で賃金は4分の1という状態が少なくとも30年続いてきたということだ。こうした激しい格差の長期持続は75年転換を抜きには理解困難だろう。
 これでは、企業側がパートを増やそうとするのは自然であり、実際、その割合は1993年の14%から2023年には32%へと大幅に伸びた。そのため労働者全体の平均賃金も大きく下がり、その下がり幅は2割近くとなった。従来の生活ができない人々がさまざまな経路で大量に生まれるのは当然だ。世帯形成困難もその一つだろう。大量の女性雇用の不安定と超低賃金は、賃金が下がり続ける男性の結婚バリアを逆に大きく上昇させたのだ。

「休業」保障の歴史的射程と新たなフルタイムイメージ

 女性に短時間労働を強いる環境をなくすためには、職場での差別撤廃とともに、自分と家族の再生産、ケアのための十分な「休業」が所得付きで保障される必要がある(有給休暇、病休、育児休業、看護/介護休業、訓練休業など)。制度化されたケア休業が男性に強く推奨されれば、性別役割分業の緩和にも資するだろう。日本はそうした休業を極端に小さく押さえつけてきた。休業率はOECD諸国の中で際立って低い。
 スウェーデンを例にとると、勤労年齢女性の2019年の所定労働時間は平均36時間だが、就業者の平均実労働時間は23時間である。残りの13時間の多くは自分と家族のケア、リフレッシュのために保障された活動/時間と見てよい。フルタイム就業は自分と家族のケアなどのための13時間を含むのだ。もとより、職場がこうした仕組みに対応するためには、多くの「リリーフワーカー」が業務計画に織り込まれる必要があり、企業が支払うコストは増える。
 もともと、高度経済成長によって出現した高度に個人化された産業社会は、社会と個人の再生産のために、こうした仕組みを必要としており、時間をかけて制度化されるべきものだったのだろう。75年転換は、こうした制度化へのイマジネーションすら奪ってきたのである。

図1 戦後労働争議 半日以上スト参加者と労働損失日数

労働損失日数(千日)
JILPT データブック国際労働比較2023
 2005年 2018年 2020年
日本 6 1 2
アメリカ 1736 2815 966
カナダ 4148 1134 1452
イギリス 224 273 ―
ドイツ 19 571 195
韓国 848 552 554
フィリピン 123 161 143
オーストラリア 228 106 ―

半日以上スト参加者(千人)
労働損失日数(千日)
半日以上ストライキ参加人員(左軸)
同上 労働損失日数(右軸)

図2 女性賃金の対男性賃金比

パート含む現金給与総額平均値による日本およびフルタイム
賃金によるOECDデータ(日本、イギリス、アメリカ)
フルタイム賃金による男女比 OECDデータ アメリカ
フルタイム賃金による男女比 OECDデータ イギリス
フルタイム賃金による男女比 OECDデータ 日本
日本 パート含む現金給与総額による男女比

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