厚労省が医師の時間外労働上限案を提示
厚生労働省・医師の働き方改革に関する検討会は1月11日の第16回会合で「とりまとめ骨子(案)~議論の到達点と残る論点の整理~」を示した(図1)。
骨子(案)が示した時間外労働の上限はA、B、Cの3パターンである。いずれも例外があり、休日労働を含むとされる。
A 診療従事勤務医に2024年度以降適用される水準 年960時間/月100時間
B 地域医療確保暫定特例水準 年1900時間~2000時間/月100時間
C 一定の期間集中的に技能向上のための診療を必要とする医師向けの別の水準(対象医療機関を選定し、本人の申出に基づく)年□□□時間/月100時間
ちなみに、紛糾の中、国会での強行採決(2018年6月)によって成立した働き方改革関連法で設定された時間外労働への上限規制(以下、〈一般則〉と記載)は、年360時間/月45時間。特別な事情のある場合は、年720時間/単月100時間未満である。一般則の上限規制における〈単月100時間未満〉がすでに脳・心臓疾患の労災認定基準におけるいわゆる過労死ラインと同等である。にもかかわらず今回、厚生労働省が示した医師の時間外労働の上限は、いちばん厳しい時間規制であるAですら一般則の特別な事情のある場合を超え、Bに至ってはもはや規制と呼ぶにはおこがましい、長時間労働の合法化に他ならない。
Bの地域医療確保暫定上限を設定する必要性について、厚労省は次のように述べる。一つは医師需給との関係である。医療従事者の確保に関する検討会・医師需給分科会の行った医師需給推計では、医師の需給は2028年に均衡。その後は偏在解消に取り組むことで、2036年を偏在解消の目標としている。したがって、暫定上限の終了目標も2036年3月に設定する。つまり医師養成も含め、提供体制が整うまでの間は暫定的に勤務医の長時間労働に目を瞑るのである。
また、医師は他職業と比べて長時間労働が多く、時間短縮を段階的に進めなければ患者ニーズを受け止められなくなることも理由にあげられる。
だが、国が示したパターンBを実際に適用した働き方イメージ(図2)にあるように、例えば週1回の当直の場合、当直日を除けば連日14時間の勤務時間が常態化することになる。
医師の長時間労働を追認?
いずれも2024年から適用され、Bについては2035年度までに解消するという。さらに当直および当直明けの日を除き、24時間の中で通常の日勤(9時間程度の連続勤務)の後の次の勤務までに9時間のインターバル(休息)を確保する等の措置も同時に提案されている。m3.comが2174人の開業医・勤務医を対象とした調査では、同案について全体で50.1%が「長すぎる」と回答。「長い」が12.8%、「特例を設けるべきではない」も17.0%と批判の声が上がっている※1。
協会は2018年10月、医師の働き方改革検討委員会の議論に対し、労働基本権は人権であり、医師だけが人権保障の対象から除外されることはどのような理由があっても許されないと指摘。医師が健康を維持できない長時間労働が放置されたままでは患者の生命や健康を守ることはできないとの意見を提出してきた。その点から、今回の厚生労働省の提案は驚くべきものである。
「医療」の特殊性でもって長時間労働は容認されるのか
とりまとめ骨子(案)は、「基本的な考え方」で長時間労働の医師の自己犠牲により支えられている我が国の医療は、危機的な状況にあると指摘。国民の受ける医療の確保は重要だが、医師は医師である前に一人の人間であると書いている。
しかし一方、骨子(案)は医療の不確実性・公共性・高度の専門性・技術革新を医療の特殊性として挙げている。医療労働の特性がそのとおりだとしても、その特性によって一般則と違う上限規制導入が正当化されるのだろうか。
厚労省資料によれば現状、病院勤務医の1割が年間時間外労働1920時間超だという。
これが年1900時間~2000時間の根拠であるが、なぜこのように一般則が到底適用できないほど医師の労働が過密となっているのか。
抑制方針のもとでの働き方改革
骨子(案)は、医師の長時間労働の背景として次の点を挙げる。曰く、医療機関における業務や組織のマネジメントの課題、医師の需給や偏在、養成の問題、地域医療提供体制の機能分化・連携が不十分な地域の存在、医療介護連携や、国民の医療のかかり方などの課題が絡み合って存在する。そこで、社会全体で医療提供体制の改革、予防医療の推進、医師の働き方改革を全体・一体として進め、国民の医療へのかかり方への理解も進めることを並行して取り組まねば、医師の働き方改革は実現しないのだと主張している。厚生労働省は同義のことを1月18日に開催された全国厚生労働関係部局長会議で述べている※2。同会議で医政局長の吉田学氏は、2025年の医療に関する需給バランスを推計した上で地域医療の在り方を見直す「地域医療構想」に基づいた体制整備と、医師の地域偏在解消、そして医師の働き方改革の三つが「それぞれ連環し、絡み合っている」と発言し、三位一体で進める必要性を強調した。
医師の地域偏在と医師の長時間労働が連環して起こる(あるいは起こっている)可能性はあるだろう。だが少なくとも現時点までにおいて、地域医療構想や医師偏在指標導入の議論が、医師の長時間労働是正のために進められてきた事実は確認できない。むしろ、国が地域医療構想・医師偏在導入と並んで一体的に進めているのは新専門医制度である。すべての医師が専門医になることを前提に発想された新専門医制度は、定員数設定等を通じ、都道府県・専門科単位での医師数コントロールとして国が使用でき得るもの。だからこそプロフェッショナルオートノミーが重要だったのである。しかし実施延期をめぐる混乱の中で、医師偏在対策を名目に都道府県を通じ、国が養成課程に関与することを許してしまったことから、国の目指す効率的な提供体制の実現にとって欠かさざるツールとなっている。それらの三つの改革こそが本線であり、医師の働き方改革はその達成に利用されていると考えた方が自然である。
今日あらゆる省庁の上位に君臨している経済財政財政諮問会議の2018年の骨太方針は、社会保障改革の考え方を次のように披歴している。「…社会保障は歳出改革の重点分野である。社会構造の変化に的確に対応し、持続可能な社会保障制度の確立を目指すことで、国民が将来にわたる生活に安心感と見通しを持って人生設計を行い、多様な形で社会参加できる、質の高い社会を実現する。こうした取組により、社会保障制度が経済成長を支える基盤となり、消費や投資の活性化にもつながる。同時に、社会保障制度の効率化を通じて、国民負担の増加の抑制と社会保障制度の安定の両立を図る」。まさにこの基調の下に、今日の医療提供者改革は進んでおり、都道府県を主体として一人当たり医療費の地域差半減、一人当たり介護費の地域差縮減が目標に掲げられている。
絶対的医師不足の可能性にすら言及されず
医療提供体制改革・医療提供者の改革は、抑制基調の経済財政方針に位置付けられている。医師の異常な長時間労働の原因として誰でもが思いつく絶対的医師不足の可能性にすら言及されない。現状追認の形ばかりの上限規制が提案されてしまう。
何か異常な事態が起こっているのではないか。
忘れてはいけないのは、たとえ年限を区切ろうが、年間2000時間の時間外労働に従事するのは生きている人間であることだ。
医師は不死身ではない。それが医師であるから、医療の特殊性があるからとの理由だけで過労死が正当化されることは絶対にあってはならない。2000時間が法的に許容された時間外労働時間になってしまえば、万一過労死が起こっても、それは適法な範囲での出来事だと処理される危険性さえある。
医療界をあげて、こうした提案に対する批判がなされるべきである。医師の偏在も医師の長時間労働も、本当に医師数は足りているのか、という検証と議論が起点に置かれるべきだ。
※1 m3.com 2019年1月19日
※2 m3.com 2019年1月18日