医師の働き方改革 医師の健康と医療守る視点を安倍首相、根本厚労相ら宛に提言  PDF

 「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が6月29日に成立したことを受け、医療界では医師の働き方改革が焦点となっている。協会は、この議論の大前提は、医療の保障は医師なくしてはあり得ず、医師の健康が守られないままでは、患者の生命や健康を守ることはできないということだと考えている。今回の国の働き方改革の議論を通じ、その原則に立った労働条件の改善等が図られることを期待し、理事会において「医師の働き方改革に関する議論への意見」を提言としてとりまとめた。この提言は安倍首相、根本厚労相、医師の働き方改革に関する検討会委員各位に10月18日付で送付した。以下、提案文を掲載する。

医師確保と医療経営支える診療報酬改善で働き方改革を

 厚生労働省の医師の働き方改革に関する検討会の「中間的な論点整理」は、医師の働き方改革を「できるだけ早く着手しなければならない」課題と述べ、先に実施した医師の勤務実態調査の分析から、長時間勤務の要因を次のように挙げた。
 ①急変した患者等への緊急対応②手術や外来対応等の延長といった診療に関するもの③勉強会への参加など自己研鑽に関するもの―。
 以上については、国・地域・医療機関レベルで引き続き議論が必要である。
 また、同日にとりまとめられた「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組」における、「医師の労働時間管理の適正化」や「36協定」の自己点検等の方策についても、医師の健康管理の観点から各医療機関での取組が求められると考える。
 以上の点を踏まえた上で、今後の検討に反映していただきたい提案を次に列挙する。
〈提案1〉
 勤務医は労働基準法の適用を受ける労働者であり、人たるに値する生活を営む権利を保障されねばならない。他職種・他産業の労働者と同様に、医師の時間外労働の上限規制は実現されるべきである。
 そのために必要なことは、交代制勤務などの改革が検討できる医師の増員である。これを裏打ちする診療報酬の引き上げと医師養成数の確保が必要である。各医療機関において医師増員を可能とする形での診療報酬の大幅引き上げであり、医師養成数の確保である。
〈提案理由〉
 勤務医の過酷な労働条件に光が当たり、是正策が検討され始めたことは歓迎する。
 医療が人間の手による人間に対する労働である以上、医師が健康を維持できない環境は改善されねばならない。
 医師の長時間労働の原因を、医師の仕事の特殊性や、個々の医師の資質・意識・職業倫理や規範のみに求め、労働基準法上に「特例」を設けることや、高度プロフェッショナル制度を適用することでの「解決」へと議論を矮小化せず、医師養成・医師確保・医療経営を支える形での診療報酬の改善につなげる議論が必要である。
 日本国憲法第27条1項は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」とある。
 第2項には「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」とある。
 憲法にある「勤労条件にまつわる基準」を定めた法規が「労働基準法」である。
 同法第1条は「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」とされ、同条第2項に「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」とある。
 この原則から、医師を除外する理由はなく、医師の働き方改革は少なくとも勤務医は労働者であり、「人たるに値する生活を営む」労働条件を保障されるべきであるとの認識から出発すべきだと考える。
 但し、過労死ラインを超えないため、診療制限に踏み切る病院の動き等が報道され、「規制だけでは地域医療が崩壊する」との指摘があることも事実である。少なくとも現時点では、労働基準監督署の指導が高圧的なものであってはならない。
〈提案2〉
 国は、長時間勤務の是正のためとして、タスクシェアリング、タスクシフティングや応召義務のあり方見直しなどをあげている。だが、この議論は本来、望むべき医療制度の姿、医療とは何か、医師とは何かという問題であり、慎重かつ丁寧な議論をすべきである。
 同時に医師の働き方を改革には、労働時間とならんで労働のありかたも重要である。
 病棟・外来・救急・手術・処置などの多重業務、医療安全、患者説明、文書発行、医療介護連携などは付随する責任を過重なものにしており、長時間労働と併せてストレスを増大させ健康を蝕む要因となっている。
 医師が生き生きとやりがいを持って働ける環境づくりは重要な課題である。
〈提案理由〉
 勤務医の労働条件改善の具体方策として取りざたされているのが「タスクシフティングの推進」である。
 だが、医師の働き方改革が議論の俎上にのる以前から、国は特定行為に係る看護師の研修制度導入や、関連して介護職による喀痰吸引等、一定の医療行為を認める制度改正を進めてきた。医師が担ってきた仕事の他職種へのシフトは、従前からの国方針であり、あたかも「労働環境改善」のための提案であるかのように検討することに違和感がある。これは医師とは何か、という議論を抜きにして語れないもののはずである。
〈提案3〉
 勤務医の労働条件改善を進めると同時に、地域の開業医や介護・福祉関係者の疲弊状況の把握・改善が求められる。
〈提案理由〉
 今後、働き方改革をめぐっては、勤務医の労働条件の改善にかかわって、開業医との役割分担が本格的な議論対象となると考えられる。これにより開業医が業務過多となることを危惧する。医療費抑制策の転換と医師数増政策の推進をしなければ、勤務医と開業医は共倒れする。
 すでに国は将来、「かかりつけ医すなわちプライマリケアを担う医師を定め、日常の健康問題に関する診療は、まずはこれらの医師が担うこととして、専門診療を必要とする場合には、その紹介による」仕組みを作ることを「働き方ビジョン検討会」報告書(2017年4月)で述べている。
 国民皆保険制度はいつでも・どこでも・誰でもが必要な医療を必要なだけ保険証1枚で保障する仕組みであり、それを可能にしている仕組みとして、療養の給付(出来高払と現物給付)と並んで、フリーアクセスは極めて重要であると私たちは考えている。その点から、私たちは国のビジョンに対し批判的見解を持っているが、働き方改革の議論を通じて国の考えるビジョンへ誘導していくことはあってはならない。
 あくまで、開業医も含めた医師の生命・健康を守り、患者の医療を守ることのために、議論を進めていただきたい。
 医師の働き方改革の議論が、医療政策の全体像の中での働き方改革という視点で以て、今後進められることを切に願う。
京都府保険医協会 2018年10月9日

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