世界を魅了した並河七宝
作家が情熱寄せた作品の数々
東山三条から1本北にあがった路地にある並河靖之七宝記念館は、明治期から大正期に活躍した日本の七宝家・並河靖之氏の旧邸宅をそのままに、氏の作品を公開する記念館だ。工房も同地にあったらしく、館内では七宝の製作過程や工具類を見ることもできる。
記念館そのものも有形文化財で、京町家の「オモテヤ造り」。当時の面影を、そのまま今に伝えている。「植治」こと七代目小川治兵衛が手がけた庭園は、琵琶湖疏水を導水した池が湛えられていた。
館長は並河英津子医師(東山・並河小児科医院)。すでに医院は閉院され、館長としての仕事に邁進されている。同館を案内してくれたのは、学芸員の平田景子さん。作品から詳細な製作過程、庭園まで解説いただいた。
七宝は、銅などの金属を素地に、ガラス質の釉薬をのせて焼き、それを研磨したものとなる。靖之氏が探求した技法は有線七宝と呼ばれ、金や銀の細いリボン状の金属線を素地に描いた図柄の輪郭線に沿って垂直に立てて貼り付ける。その線と線の間に釉薬を挿して焼き上げ、研磨するという作業を繰り返して完成させる。金属線を残すことで、図柄をはっきりと際立させる効果があるそうだ。1作品を完成させるのに、最低でも4~5カ月かかると聞き、その根気のいる作業にため息が出た。
靖之氏はひとりで製作をしていたわけではなく、工房を開設して作業工程ごとに職人を配置。図案の職人、植線の職人、釉薬挿しの職人、研磨の職人など20人ほどが働いていたとのこと。器の絵柄の濃淡もすべて釉薬で表現しており、館内に展示してある工房の写真にはところ狭しと釉薬の瓶が並べられている。その多彩な色調と特に「黒」は技術的に難しく、靖之氏の「黒」は漆黒と絶賛された。
器そのものの下地を背景にみたて「黒」を使うことによって、器としての絵柄を超えた奥行きのある表情豊かな絵画的な表現が展開されている。当時のパリ万国博覧会をはじめ、日本のみならず海外でも大変高い評価を受けているそうだ。
その繊細な表現に魅入られる京都七宝。ぜひとも足を運んで鑑賞いただきたい作品たちだ。同館は8月いっぱい休館し、9月1日より秋季特別展「京都七宝の時代」を開催する。秋の芸術鑑賞にいかがですか。