私の趣味 私だってクラシックばかり聴いているわけではありません  PDF

私の趣味 私だってクラシックばかり聴いているわけではありません

 
鞭 熙(舞鶴)
 
 男性歌手ではまずアタウアルパ・ユパンキ、その次はシャルル・アズナブール、あとはハビエル・ソリス、ムルージ…しかし、今回はご存知のアメリカの男性歌手の話をしましょうか。
 まず、ナット・キング・コール。私は彼の酒と煙草でなめした、あえていえばペトリュスのような(とはいってもあんな高価なワインが、私の口に入るわけはありませんが)あの声が好きです。中でも「恋こそはすべて」はタイトル曲のほか、「スターダスト」や「恋に落ちた時」といったバラードの圧倒的な名唱が収められていて、気分が落ち込んだ時に聴くと鬱屈した心が慰められほぐれていくのが判ります。大きな温かい手で肩を抱かれているようで「ああ、いいなあ」と掛け値なしに思います。
 次に、レイ・チャールズにいきましょう。「愛さずにはいられない」は、私が最初に買ったドーナツ盤であり、実は私のカラオケの定番曲でもあります。ただ、ここで取り上げるのは、そのB面「ボーン・トゥ・ルーズ」。私はこれが滅法気に入っていて、どうしてこれが評判にならないのか不思議でしたが、先日、村上春樹さんの本を立ち読みしていると、レイ・チャールズのボーン・トゥ・ルーズというフレーズを見つけて、我が意を得たりという気持ちになりました。いや、渋いですねえ。なにを唄っても彼の個性に染め上げてしまうレイ・チャールズですが、ここでの泣き節は絶品です。
 最後は、トニー・ベネットです。声はそれほどでもありませんし、まじめなのが玉に瑕なのでしょうか。
たとえば「恋は愚かというけれど」などは、さあ一緒に地獄に落ちようぜと蕩けるような笑みで女性をがんじがらめにしていくフランク・シナトラの絶唱に対して、なんだか若い女の子に手玉に取られている中年男の悲痛な叫びといったふうにしか聞こえない場合だってあります。だけど、ビル・エヴァンスとの「ヤング・アンド・フーリッシュ」で私たちは若くて馬鹿だった、でも無鉄砲で夢ばかり見ていたあの頃にもう一度戻りたいと心から思うと歌い、そして同じアルバムの最後の曲「ユー・マスト・ビリーヴ・イン・スプリング」で、今は一面の雪で目に見えないけど春はまたきっとやってくる、そして愛も…と歌うとき、私の胸には熱いものがこみ上げてきます。
 それでは、2015年の新年、皆さんにも春がきっとやってくることをお祈りしてこの文章を終わらせていただきます。

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