私のすすめる ナガラ歌舞伎鑑賞
歌舞伎へのいざない
宇田憲司(宇治久世)
『歌舞伎よりどりみどり』
川浪春香著 編集工房ノア
定価1900円(+税)
映画館の大画面を前にして、毎年二百本ずつぐらい見ておれば、胸を張って「趣味は映画鑑賞です」と言ってもよかろう。しかし、歌舞伎となると、伝統的な古典芸能の一つで教養として少しは接しておかねばと、せめて年末の顔見世に家族サービスの一環として妻と連れ立ち南座に行く位では、趣味というのもおこがましい。それでも、医師団体からの斡旋チケットを毎年欠かさず入手して、ちりも積もって山ともなれば、参加回数に応じて歌舞伎十八番も有名どころくらい接して、そこそこ楽しめている。しかし、筆者の乏しい鑑賞体験より、ここは歌舞伎好きの人が簡明に解説してくれている書籍など紹介して、積極的鑑賞への誘いに代えたい。
本書は、小説家の川浪春香氏が、小説本『五風十雨—京の塗師屋ものがたり』(本紙紹介記事:平成18年2555号)と『今しかおへん—篆刻の家「鮟鱇屈」』(同平成27年2938号)の間期に発刊した随筆集で、自身の観劇・感動のあり様を小計56節に分け、蘊蓄を込め紹介している。芝居のストーリーは既知のものとしてあら筋の紹介は割愛され、まだ観劇経験なくその雰囲気も知らない者には少し取っ付きにくい面もあるが、第1節の「顔見世の花街総見」から始まり、舞台周辺のあり様や裏の事情に至るまで興味津々に語ってくれている。芝居の筋書きを知る必要があるときは、辞典代わりに『はじめての歌舞伎演目ガイド80』(五十嵐晶子、池田書店、平16年)や元協会理事の俵良裕氏が本紙の連載記事を纏めた『歌舞伎歳時記—ちょっと芝居を愉しみませんか』(かもがわ出版、平18年)を開け、至急に知識不足を取り繕う。もう一つ、本随筆集の楽しみは、元協会理事で、整形外科医から趣味とも本職ともつかぬ画家稼業のみに独立・転職して、悠々自適の創作活動に邁進の夫氏である川浪進氏が、同数の人物画を水彩で見せてくれている。平成7年の個展で石榴5個と湯飲み1碗を透明水彩で描いた静物画が気に入り、貰って帰り今なおリハビリルームに飾って飽きず眺めている。得意分野は風景画や静物画と思っていたが、こちらは絵筆に随い、個人の特徴を一瞬の所作の中にとらえては1号方寸の世界に巧みに定着して、人物画もお手のものかと再認識した。
第27節の「三谷幸喜の笑の大学」では、男同士の掛け合い・激突のおもしろさも歌舞伎の本質とのこと。阿国歌舞伎の勃興・隆盛も色を売ったため、為政者からの咎めにあい、女歌舞伎一切禁止令の憂き目をみたとか。海外でも「恋に落ちたシェークスピア」の時代は、既に女方の時代であった。ならば、人生に秋を思う年代へと差し掛り、肉体に裏切られながらも切なくも異性間の垣根を越え同性・稚児若衆との三色への渇望に、なおも血の騒ぐエロチシズムをどう演じるのか。歌舞伎においてその創意工夫とは、芸道の極致へと洗練され、昇華され、技そのものが精霊とも神ともなって、我々を魅了し続けるのであろうか。一読をお勧めする。