特集2 浅岡美恵講演録 COP21に向けて 世界と日本の温暖化対策〜再生可能エネルギーと原子力問題を中心に〜
11月30日から12月11日の期間で開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)を目前に、協会は11月12日、気候ネットワーク代表で弁護士の浅岡美恵氏を講師に環境対策学習会を開催。脱原発に向けた道筋としての再生可能エネルギーの現状と展望を学習した。
浅岡美恵氏(気候ネットワーク代表・弁護士)
再エネへの転換を実現したヨーロッパ
温暖化気候変動の危険と原子力の危険、この双方から脱却していくにはどうしたらよいのか。基本となる対策は同じです。エネルギー消費量をぐっと減らしエネルギー消費の少ない経済社会に変えていく。同時に、再生可能エネルギー(再エネ)、つまり化石燃料、原子力に頼らないエネルギーに変えていくことです。
では、そういったことができるのでしょうか。原発を止めると経済が悪くなる、国際競争力が落ちるといったことが言われますが、これは根拠のない話です。実際ヨーロッパでは実現していることなのです。
1997年COP3(温暖化防止京都会議)で京都議定書が採択されて、今年で18年になります。この間、ヨーロッパの主要国は、経済成長と温室効果ガスの排出量削減とを同時に実現しています。それまではヨーロッパでも、日本同様にエネルギーが経済成長の原動力である、それは化石燃料であり、原子力であると考えられていました。エネルギー消費量が増えることと経済が成長することとは比例関係にあり、再エネも期待できず、温暖化対策は難しい、と考えられてきたわけです。
ところが、ヨーロッパではこの18年間、この二つを戦略的に切り離すことをやってきた。まず1990年代からスウェーデンなど北欧の国々が始め、ドイツでも当初は経済界の抵抗が強かったのですが、COP3以降、政権後退もあって強力に進め、今ではヨーロッパ全体の方針となっています。
たとえばここ10年、ヨーロッパを中心に世界全体で再エネへの投資額は何倍にも増え、その結果、再エネのコストはきわめて安くなりました。陸上風力は火力と競争できるところまで低減し、太陽光発電も購入電気料金よりも安くなっています。ドイツでは1990年代から固定価格買取制度を導入し、太陽光についても10年前に非常に高い価格、1キロワット60円以上で買い取るという制度を導入。急速に拡大しました。とりわけ、3・11福島事故後に急増し、価格も大きく低下。今日では買取り制度が不要になりました。再エネへの投資により、新たな産業、雇用、利益も生まれました。再エネが伸びたのは、法制度をつくり、投資を促し、再エネの割合を政策的に増やしてきた結果です。
ヨーロッパでは1990年代以降原子力は増えず、フェードアウトしつつあります。一方、国民が受ける社会的なサービスの量や生活レベルを下げることもしていません。むしろ再エネに転換することで、化石燃料の輸入代金を国外流出させるのではなく、国内投資に向けることで経済もよくなり、暮らしの質も改善することを事実で示し、国民を説得してきました。EUは2000年はじめ、2020年に温室効果ガスを20%削減して、再エネの割合を20%にするという目標を立ててきました。これを「20・20・20目標」と呼んでいます。2020年までにほぼ達成できる状況です。
原発止めても経済は悪くならない
再エネの利点と欠点について見ていきましょう。まず利点としては、これが普及すれば、(1)二酸化炭素を削減でき、温暖化対策になる(2)エネルギー自給率が向上(3)燃料調達で国外に流出する資金を減らすことができる(4)技術開発により産業の国際競争力が強化される(5)雇用を創出できる(6)地域の活性化に役立つ。とくに過疎地域にとっては大事な宝となる(7)非常時には地域分散型の方がエネルギーを確保しやすい—といったことなどがあげられます。
これに対して、再エネに反対する人たちは次のような欠点があると指摘します。(1)太陽光・風力はお天気まかせなので、安定した電気を供給できない。しかし、電力供給の3割・4割も太陽光・風力で賄っているヨーロッパではこの問題にどう対処しているのでしょうか。2015年8月ドイツでは再エネで総供給量の75%をまかなった時間帯がありました。ITを駆使して風力や日光の状況を正確に予測しながら他の電源を調整して、これを最大限活用しているのです。原子力や石炭火力は大型で調整困難なため、撤退を余儀なくされつつあります。(2)太陽光は昼間限定である。しかし逆に風力は夜間の方が発電量は大きい。いろいろな種類の再エネを組み合わせることで、全体としてより平準化されます。ここにこそ現代的な技術が生かされるのです。(3)設置費用が高い。これまで、これが一番の障壁でした。しかし前述のように、現在はすでにコストででも再エネが選ばれるところまできています。(5)火力の補助が必要。どうしても自然のものですから、風もない、日も照らないという状況下では火力で炊きまししなくてはいけない。二重の装置が必要となると言われています。けれども現在のようにどっさりと火力発電設備を持たなければならないということはありません。今より総合的には安くつくのです。(6)日本は島国だ。ヨーロッパでは送電系統が広域で活用されているので、ヨーロッパ全体で電力のやりとりが可能。だから国によっては再エネの比率が高いところがあるんだという指摘です。島国ということで言うと、スペイン、ポルトガルも電力的には島国です。しかし、両国ともに高い再エネ率を誇っている。日本でも、東日本、西日本といった広域で系統を運用することにこそ、取り組むべきです。
要するに日本の場合、原子力の維持のため、再エネを増やしたくないのが本音で、そのためにできない理由を探しているに過ぎません。難しい問題があっても、それを克服して、できるだけ再エネに変えていこうという方針のもと努力を重ねてきているヨーロッパとの大きな違いです。
一方で、日本でも2012年の再生可能エネルギー特別措置法の施行以降、固定価格買取制度導入により、太陽光エネルギーが若干増えました。それだけでとても大きな変化が起こっています。たとえば14年も15年も、関西電力は原発の稼働がすべて止まっているにもかかわらず、夏場、企業や家庭に節電要請をしませんでした。なぜか。太陽光が急増し、ピーク需要に応えたからです。
夏のピーク時を除くと、需要に対する必要な発電設備容量は実際の3分の2以下程度で足ります。15年のようにピークカットできる態勢があれば、実際は現在のような大量の大規模発電設備は必要ではないということです。そういう点からも、再エネの広がりによって、将来的に全体の発電コストを安く抑えることができると言えるのです。
ドイツは再エネが最大電源に
再エネ発電コストが安くなるシナリオについて見ていきましょう。火力発電所など従来の電源のコストより再エネの方が安くなる境目のことをグリッドパリティといいます。再エネのコストは、「導入期」にとても高かったのはそのとおりです。それが固定買取制度などにより導入量が増えてくると、「成長期」に入り、ぐっと低くなります。ヨーロッパでは1990年代の中頃から成長期が始まります。グリッドパリティを迎えるのは、当初は2020年ごろとみられていましたが、ドイツでは13年にグリッドパリティを迎えました。一部洋上風力などを除き、すでに従来電源より再エネのコストが安くなっているのです。太陽光や通常の陸上風力については十分な競争力を持つようになり、ドイツでは14年には再エネが最大の電力源になりました。ドイツだけではなく、世界的にみても再エネのコストは急落し、十分に競争力を持つようになっています。
この動きを後押ししたのが、固定価格買取制度とともにヨーロッパで1990年代以降、とりわけ2000年代以降に進んだ電力の自由化でした。さらに、ヨーロッパ全体にわたる広域化、再エネの優先接続を義務付ける制度です。送電事業者は、再エネ電源を優先的に系統に接続させなければなりません。
ドイツでは、若干ですが電力を輸出しています。ドイツではまだ原発が20基ほど稼働していますが、電力自由化で電力取引価格が低下しても、発電を止めることができません。原発はいったん運転を止めてしまうと動かすのが大変になります。そのため、原発発電分が輸出されているのです。再エネが増え、電力自由化により電力が余って価格がいくら安くなっても運転を止められない。ときには運転を続けるだけ損をするくらい安くなっても、原子力や火力は止めることができない。ドイツが原発から撤退することを決めたのは、経済的にも見合わなくなっているからです。
原発新設を前提としている政府
日本には原発がこれまで53基建設されましたが、震災後、廃炉決定が続き、43基になっています。改正原子炉等規制法で、原発は運転開始から40年で廃炉と定められました。ただし、1回に限り規制委員会の承認を得て20年間延長できるという規定もつくられています。2015年時点で、すでに43基のうち7基が40年を超えています。
ですが、たとえ延長して60年間にしたところで最終的に消えることには違いありません。新設しない限り、いずれはすべて廃炉になります。経済産業省は長期エネルギー需給見通しで、2030年時点で原発の割合を20〜22%としたところですが、この時点で稼働40年未満の原発は20基程度になります。20年延長して60年稼働した場合でも、到底、20%を維持することは難しい。実際、すべての原発を再稼働させ、さらに60年間稼働させるなんて不可能で、原発の新設を織り込んだものといえます。
政府も電力会社もこれまで通り原発を続けていきたいという願望を持っています。しかも、電力自由化の中で、原発事業を今後もこれまでどおり継続していくことについては、客観的に高いハードルがあります。そういう中で今議論されているのが「原子力事業の環境整備」。原子力事業を継続するための支援策です。エネルギー基本計画やエネルギー需給見通しの中にも、経済的な支援策を講じることが明確に述べられています。
たとえば過酷事故に対する損害賠償責任を有限化する。運転を停止している原発については再稼働を加速するよう促す。バックエンド対策(原発廃棄物の処理など)については、電力会社の責任から国の事業で行うようにする。エネルギー政策の変更で電力会社が損をした際には、対策を講じる。立地自治体に対しては、再稼働すれば交付金を上乗せして出す。逆に再稼働しなければ、現在は8割しか交付されていないところ、これからは7割にする。立地自治体は長年にわたって交付金に依存した財政状態なので、7割に減額されると行政の基本的なサービスもまかなえない事態にもなりかねません。それで地元からは早く再稼働してくれという陳情が強まるというわけです。
政府は、事が起こったときは国が責任を持ち対応するかのようなことを言いますが、原子力損害賠償法で国の法的責任を明記することには抵抗しています。
再エネ普及を妨害
さらに経産省は、再生可能エネルギー買取制度を無力化しようとしています。日本の法律では、具体的なことについては法律本文にではなく、政令、省令で定めていくということがよくあります。政令、省令は国会の審議を経なくても、省庁内部の判断で決めることができます。省庁の判断により、法律の本来の趣旨から外れるようなこともできるわけです。一昨年から去年にかけての改正で、太陽光発電の買取制度は、経産省の政令、省令によっていつでも止められる制度に変わりました。北海道の風力発電も止められる制度になりました。東電、中電、関電を除く弱小電力会社が管轄する再エネについては送電線への接続を拒否できるようになりました。
この背景には、送電系統に対する原発の「空枠」の確保があります。現在日本では原発はほとんど動いていません。しかしこれから再稼働が進んだときのために、原発の供給容量の枠をあらかじめ確保しておくというのです。「空枠」は、全原発が再稼働するとの仮定で確保されています。これにより再エネの接続キャパは最小となってしまいました。
2030年まで15年ありますが、このままでは再エネは少ししか増えなということになりかねない状況です。風力はほとんど増えません。もともと増やそうという意図がないのです。政府と電力会社の方針は、日本のベースロード電源は原発と石炭であり、再エネは付け足しという位置付けです。世界は、これとは全く逆の方向に進んでいます。
気候変動は絶望的な状況だが…
今回のCOP21では、京都議定書以来の温暖化対策の新たな枠組みについて、合意することを目指しています。参加各国から目標草案が出されていますが、これは各国が自主的に取り組む温室効果削減目標です。自主的に定めた目標ですから積極的な目標が掲げられることはありません。ヨーロッパやアメリカを除けば、見栄えがいいように見せて目標を出してきています。日本も、基準年を最も排出量が多かった2013年にしています。
各国が提出している目標が実行されたとしても、2・7℃から3℃の気温上昇は覚悟しなければなりません。気温上昇2℃を達成するにはギガトンレベルで削減量が足りません。気温上昇を2℃にとどめるためには、2030年の削減目標を引き上げ、それまでの削減も強化する必要があります。そのために、COP21で世界各国の取組についての新枠組みの合意をめざしています。
想定されている仕組みは、5年ごとに目標を見直し、「No back sliding」、即ち、現在よりは後退させずに、向上させていくことです。
原子力に依存せず、二酸化炭素排出を削減し温暖化にも対応する。この道筋が見えてきています。原子力が経済的に見合わないことはヨーロッパの経験からも明らかです。途上国にとっても、原子力に頼らずに、早く低炭素で生活をよくしていけるよう、先進国の役割が重要になっています。
後記:15年12月13日(土曜日)のパリ時間で夜8時前になってようやく、パリ協定が採択されました。大会議場を埋めた各国代表団たちも総立ちで大歓声をあげ、長い拍手が続きました。オランド大統領、ケリー国務長官、国連事務総長も「歴史的な合意」と評価したパリ協定は、(1)温度目標:世界全体で、地球平均気温の上昇を産業革命前から2℃を十分に下回るように取り組む。1・5℃にも努力する。(2)長期目標:世界全体の排出量をできるだけ早くピークアウトさせ、21世紀後半には排出量を自然吸収量の範囲内に抑え、実質排出ゼロとする。(3)国別目標の向上:すべての国が削減目標を5年毎に改定し、目標を向上させる。約1年前には目標案を出す。(4)2018年に目標の見直し議論をはじめ、2020年には2025年目標を出し、2030年目標の交渉を途上国もできるだけ早く、総量での削減目標とする。(5)先進国は途上国での削減、適応対策を資金や技術で支援する—などです。パリ協定は京都議定書よりもずっと早く発効するでしょう。再生可能エネルギーの拡大、省エネ、石炭火力の抑制の流れは会議場に満ちており、原子力の影はありませんでした。世界では、新たな歴史に踏み出しているのです。