憲法を考えるために(43)  PDF

憲法を考えるために(43)

改憲論へのある疑問

 2012年の選挙で自民党が議席を大きく増やし(憲法を最も尊重し、それに基づいて職務を遂行するべき)首相が改憲を公言し続けている。憲法constitutionと法律lawとの最も大きな違いは、前者が(立憲主義に基づき)権力の制限と拘束をその本質とすることであるが、その憲法を権力者自身が変えようとしているのである。

 12年に出された自民党・憲法改正案とそのQ&Aは「現在の憲法は占領軍に押しつけられた憲法であり、国民の自由な意思・決定に基づいたものではないから自主憲法を制定しなければならない」という。現憲法が占領下において制定されたのは事実である。しかしことはそれほど単純ではない。

 ポツダム宣言受諾後の日本の為政者にとっての最大の関心事は、国体護持=天皇主権主義だったといわれている。さて現憲法第1条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基づく」である。これはGHQ案に基づいている。当時の内閣は「主権の存する日本国民の総意に基づく」を「日本国民の至高の総意に基づく」と国民主権をあいまいにした修正案を出し、国民主権を当然とするGHQと対立した。しかし最終的にはGHQはこれを日本側に譲歩する。しかし「それにもかかわらず」衆議院憲法改正委員会は自ずからGHQ原案に戻る修正を加え、衆参両院に提出、両院はこれを承認し「主権の存する日本国民の総意に基づく」が成立したのである。

 当時最も関心が持たれたことでこれが事実であり、ほかにも同様の経過があるとすれば、押しつけ憲法という問題の実態と、その言葉の裏にある改正への真の狙いに心すべきではないだろうか。しかしこれらは形式的あるいは手続き的な問題であるともいえる。それよりも我々が何よりも大切に考えなければならないのは(多くの血が流れた世界の歴史に学んだ)近代立憲主義に軸足を置いた現憲法が実態として持つ、平和主義、主権在民、基本的人権の尊重などであり、憲法改正案がそれらをより進歩充実させようとしているのか、あるいはその劣化の方向を持っているのかの見定めであろう。私には明らかに後者に思える。

(政策部会理事・飯田哲夫)

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