医師が選んだ医事紛争事例(13)  PDF

医師が選んだ医事紛争事例(13)

健診時のがん 見落としは誰の責任?

(60歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 某労働基準協会より、医療機関で健診を受けた人の胸部写真を見直してほしいと連絡があった。詳細を聞いたところ、某労働基準協会に加盟している企業からの問い合わせで、その企業の従業員であることが判った。そしてその従業員が肺がんで入院し末期の状況であるが、医療機関で健診を受けた際、異常なしと言われていると指摘があった。医療機関がその従業員の健診結果報告を見直したところ、㈰「胸部X線(間接)所見部位左上肺野 所見 浸潤影」とあり、翌年㈪「胸部X線(間接)所見 異常なし」、翌々年は健診を受けず、次の年は㈫「胸部X線(間接)所見 異常なし」であった。またX線フィルムを見直したところ、㈪の時点で明らかな胸膜陥入が見られ、その後に陥入が拡がっている様子が見られた。健診における読影は外部に依頼している循環器科医師であった。他の医療機関の呼吸器科専門医師がX線フィルムを確認したところ、2年前には胸膜陥入をはっきりと認め、年々腫瘍は増大している。腺がんと考えられ、大きさおよび陥入などから見て中等度の分化であろう。単純画像では縦隔や肺門リンパ腫大は明らかでないが、すでに縦隔リンパ節転移はあると想像される。根治的手術は難しいのではないかとの意見であった。
 患者から医療機関に対して直接の訴えはなかった。企業から某労働基準協会を介して、見落としの有無について問い合わせがきた。
  医療機関としては、読影の見落としがあったと判断した。
 紛争発生から解決まで約5年9カ月間要した。
〈問題点〉
 3年分のX線フィルムを確認すると、明らかに㈪、㈫の時点で異常所見が見られる。よって見落としがあったことに間違いはない。ただし、㈫の時点で異常所見ありとしても、すでにこの時点で末期の状況にあって、余命3〜6カ月程度と考えられ患者の予後に影響はないと推測される。問題となるのは、㈪の健診時の見落としであり、仮に健診時に、胸部X線で異常所見ありとして治療を開始していれば、完治あるいは長期の生存が可能であったものと考えられる。㈪の際の読影医師は循環器を専門にしている医師で、㈫は消化器を専門にしている医師であった。
 健診における読影の場合、胸部については呼吸器あるいは放射線を専門にする医師が読影すべきではないだろうか。なお、健診において健診委託先と医療機関が委託契約を書面で結んでいないことが多く、このような場合に責任の所在が曖昧になってしまう。したがって、健診を請け負う場合、書面において委託契約を結び、賠償責任が発生した場合の責任の所在を明確にしておくことが必要である。
〈顛末〉
 患者側からのクレームが発生しなかったため、立ち消え解決とみなされた。

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