続・記者の視点 66  PDF

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
職場の組織風土に介入しなければ

広告業界最大手の電通が、未来ある女性新入社員の命を奪った。電通では1991年にも男性若手社員の過労自殺があり、2000年の最高裁判決は使用者の安全配慮義務違反を認めた重要判例として労働法の教科書に必ず載っているのに、同様の事態を繰り返したのだから、悪質な組織と言わざるをえない。
亡くなった高橋まつりさん(当時24)は「眠りたい以外の感情を失った」などとツイッターで発信していた。オーバーワーク・睡眠不足は正常な判断力を奪ってゆく。
労働時間以上に影響が重大かもしれないのは、パワハラなど人と人の関係である。「休日返上で作った資料をボロくそに言われた」「男性上司から女子力がないと言われる」と彼女は書いていた。
仕事に価値があり、自分が前向きに取り組み、ちゃんと評価されるなら、身体的なしんどさが限度を越さない限り、メンタルはやられない。
無理な仕事を押しつける会社、権力をふるいたがる上司、しごき思想、人を否定する職場、小役人とヒラメが昇進する組織は、気がめいる。怒りも不快な感情である。陰口・告げ口、ジェラシー、策謀が絡めば、なおさらだ。
14年の患者調査によると、うつなどの気分障害(双極性障害・そう病を除く)で受療中の総患者数は89万人余りにのぼる。99年の37万人余りから実に2・4倍に増えた。
「うつは心の風邪」という製薬会社の過剰宣伝や、精神科の敷居が下がったことの影響は確かにあるが、実際にうつ症状の人がけっこう増えたのだと筆者はみている。
しかし精神科を受診してもあまり改善しない。その理由は多くの場合、うつ症状の出る原因が環境にあるのに、そこを変えずに抗うつ薬や精神療法など本人へのアプローチを中心にしているからではないか。働く環境が変わらなければ、休養後に支援を受けて復職しても再発しやすい。
精神科の診断マニュアルは、あまり原因を問わずに症状を診断基準に照らし合わせる。大うつ病の基準を満たせば、そのように診断する。
実際は、適応障害が多いのではないか。ここで言う適応障害は、狭義の診断名ではなく、本人が合わせられないという意味でもない。環境に起因するストレス性障害という意味だ。本人は変わらなくても職場側が変わることもある。採用されたらブラック企業だったという場合もある。
職場のメンタルヘルス対策で肝心なのは、過重労働の防止に加えて、組織風土を改善することだ。社員研修や個別支援、上司との面談だけでなく、メンタル不調者の出た部署に入ってヒアリングを行い、状況の分析、前向きの助言誘導をする必要がある。
労基署にはできない。人事労務部門は重要だが、意識が高いとは限らず、同じ組織内ではやりにくいこともある。産業医も役割は大きいが、自分で現場まで入る余裕は少ないだろう。今ある職種で向くのは保健師か精神保健福祉士かもしれない(組織心理学や経営学の勉強は必要)。
難しい課題だが、組織に介入する仕組みを作らないと、本当の対策はおぼつかない。

ページの先頭へ