裁判事例からの考察⑥  PDF

病院事務担当者からの書信「転医および診療延期のお願い」

X1X2は、2000年に結婚した。X2女は、08年2月1日Y1大学の附属病院産婦人科を不妊治療に受診した。同月13日のMRI所見から、着床および妊娠の障害となる疾患が複数あると診断され、4月23日上記疾患を除去する手術を受けた。9月29日以降に排卵誘発して10月10日に採卵され、体外受精のうえ培養器で培養し、同月14日の胚移植が予定されたが、11日に保安業務の点検に伴う停電があり、培養器の電源がオフになっていたことが確認され胚移植は中止された。その後も、09年2月12日採卵、7月2日排卵誘発、10月22日および10年2月4日採卵、同年4月8日採卵・12日胚移植、6月7日採卵、8月5日採卵・9日胚移植、がなされたが、妊娠へと至らず、次回の診療日として9月24日の予約がなされた。そこで、X1X2はこの間、同附属病院の卵子培養の過失を根拠に慰謝料等1830万円などを請求してY1大学を相手に提訴した(訴状は10年8月24日送達)。
翌月24日がX2の予約診療日であり、9月13日Y1大学附属病院の医事課長Aは病院名で書信「転医および診療延期のお願いについて」をX2に送付し、上記の提訴により患者と医師との信頼関係の上に成り立つ診療が困難となるので、転医の検討をし、Aに連絡をするまで次回の予約を含め診療の延期を求める、との内容であった。そこで、X1X2は、これを診療拒否(医師法第19条1項違反)として、主意的にAの違法行為の責任が大学Y1に使用者責任として帰属し、Y2産科部長がAの違法行為を阻止せずX2の診療を拒否した不法行為責任があるとし、予備的に、Aの違法行為を前提として、Y1大学附属病院自身が診療拒否をしたY1自身の不法行為責任とY2が診療拒否などの生じない管理体制を確立しなかった不法行為責任を根拠として、慰謝料など金140万円をY1・Y2に請求して提訴した。
裁判所は、Aは医師ではなく同法の適用はなく、Aの違反の主張を前提としてのY1の使用者責任やY1自身の不法行為責任は生じず、同様にY2にも不法行為責任は生じないとした。しかし、書信は、その名宛人がX2のみでX1への診療拒否は成立せず、実質的にX2への診療を拒否する内容であると認めた。
そこで、診療の実施には、医師および患者間に信頼関係が必要とされ、実施者が医療機関の場合には、それとの間にも信頼関係を必要とするとし、これが失われたときは、患者の診療・治療に緊急性がなく、代替する医療機関等が存在する場合に限り、拒絶しても、正当事由があると解されるとした。代替機関の存在、緊急性の欠如、先行訴訟の主張内容から信頼関係の喪失を認め、正当事由を認め請求棄却した(青森地裁弘前簡判平成23・12・16)。
控訴審では請求棄却が維持された(青森地判平成24・9・14)。
(医療安全対策部会 宇田憲司)

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