2018年度から実施となる市町村国民健康保険(以下、国保)の都道府県化にあたり、保険者機能強化が強調されている。国が保険者に求めるのは医療費の適正化=抑制である。保険者が医療費抑制の指標として与えられるのが、昨今国の多用する「医療費の地域差」である。これを埋め、医療費を抑制するのが保険者の仕事であるとの方針だ。
「地域差」を埋める保険者インセンティブの強化
「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太の方針2015)に次のような記述がある。「2018年度までに(略)国民健康保険料に対する医療費の地域差の一層の反映(略)など、保険者における医療費適正化に向けた取り組みに対する一層のインセンティブ強化について制度設計を行う」。また、16年の「骨太の方針」にもより詳しい記述がある。「高齢化などの人口要因や診療報酬改定等による影響を取り除いた医療の伸び」などの「医療費の増加要因や、診療行為の地域差を含む地域差について、更なる分析を進める」(「5.主要分野ごとの改革の取組」)。
国は医療費の地域差をよほど不条理なものと考えている様子で、国保都道府県化と同年にスタートする「地域医療構想」でも、「慢性期」医療機能のうち、療養病床の入院受療率の地域差解消が2025年の必要病床数推計にあたっての重要なファクターとなっている。
同じく18年度スタートの第3期医療費適正化計画に向けた「基本方針」では、都道府県ごとの「外来医療費」目標設定にあたり、第一段階として特定健診・特定保健指導実施率の全国目標の達成、後発医薬品の使用割合の全国目標が達成された場合の医療費縮減額を反映し、第二段階として「なお残る一人当たり医療費の地域差について、都道府県において、保険者等とも連携しつつ、以下のような取組を推進し、地域差の縮減を目指す」※1とされている。
取組に例示されているのが、民間事業者も活用したデータヘルスの推進、ヘルスケアポイントの実施等健康づくりへのインセンティブ対策の強化、糖尿病重症化予防の推進、栄養指導等のフレイル対策の推進、予防接種の普及啓発、重複投薬の是正他、である。これらの取組を保険者が実施できるよう国は、NDB(ナショナル・データ・ベース)を用いた分析を行い、「各都道府県の疾病別医療費の地域差(最大54疾病)」「後発医薬品の使用促進の地域差」「重複・多剤投薬の地域差」の結果を、16年度末に都道府県に提供するという。
レセプトデータに基づく資料を与えられ、都道府県は国保保険者として、同じく保険者である市町村と共に「地域差」を是正する(もちろんベクトルは医療費水準の低い方へである)努力を求められるのである。骨太方針2016が努力の結果をよりダイレクトに保険料へ反映させよと主張している。医療費抑制に向けた努力如何で保険料が高くなったり安くなったりする仕組みづくり。これを彼らは「保険者のインセンティブ強化」と呼んでいる。
国民健康保険のデータヘルス計画と保険者努力支援制度
医療費の地域差是正に向けた保険者機能強化と分かち難い関係にあるのが「データヘルス事業」である。
安倍成長戦略(日本再興戦略)は、「国民の健康寿命の延伸」を旗印に、「全ての健康保険組合に対し、レセプト等のデータ分析、それに基づく加入者の健康保持増進のための事業計画として、データヘルス計画の作成・公表、事業実施、評価等の取組を求めるとともに、市町村国保が同様の取組を行うことを推進する」とした。
既に市町村国保の約7割が「データヘルス計画」を策定している。
18年度からの国保都道府県化にあたっての国の追加公費投入3400億円のうち、先行して1700億円が低所得者対策に充てられ、残る1700億円は都道府県化後に投入開始される(既報・第2971号)。残る1700億円の使途のうち、700~800億円を注いで新設される仕組みに「保険者努力支援制度」がある。「医療費適正化への取組や国保固有の構造問題への対応等を通じて保険者機能の役割を発揮してもらう観点から、適正かつ客観的な指標(後発医薬品使用割合・収納率等)に基づき、保険者としての努力を行う都道府県や市町村に対し支援金を交付することで、国保の財政基盤を強化する」※2ことの目的で実施されるこの制度は、「保険者の努力を判断する指標」を設定し、それに則って保険者の努力を採点し、補助金を交付する。検討中の「指標」には、特定健診受診率や保険料収納率と共に「医療費の分析等に関する取組の実施状況(データヘルス計画の策定状況等)」が、「国保固有の指標」として掲げられている。追加公費の存在が保険者機能強化への経済的インセンティブに使われているのである。
京都府内でも複数の市町村でデータヘルス計画が策定されており、レセプトデータ分析を通じた地域の医療課題の抽出と課題に対応する健康増進のための目標を設定している。
データヘルス推進のインフラ整備
保険者機能強化策としてのデータヘルス事業は、国保都道府県化を契機に本格推進の様相を呈している。だがさらに大掛かりな仕掛けも検討されているのである。
厚生労働省は「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会」(座長・西村周三医療経済研究機構所長)を立ち上げ、4月以降既に4回の会合を開催している。同検討会では「本格的なICT時代の到来を踏まえ、効率的で質の高い医療の実現を目的として、ICTの活用、ビッグデータの活用により保険者機能を強化する新たなサービス等を検討するため」に設置され、次の3点を柱に検討が進んでいる※3。
①データヘルス事業の推進など保険者機能を強化する新たなサービス
②マイナンバー制度のインフラ等のICTとビッグデータを活用した医療の質、価値を飛躍的に向上させる新たなサービス
③ICT の活用による審査業務の一層の効率化・統一化と審査点検ノウハウの集積・統一化等について検討する。併せて、新たなサービスを担うにふさわしい組織・ガバナンス体制について、既存の業務・組織体制を前提とせずに検討する
保険者機能強化のための新たなサービスの「考えられる例」として、「データヘルスの推進」がここでも強調され、レセプトデータを地域別・業態別・世代別に分析し、保険者の健康度や疾病管理の状況を診断することが打ち出されている。
そこで今、具体的に協議されているのが、何と「国保連合会」と「支払基金」という審査支払機関の在り方問題なのである。なぜそういうことになるのか。
審査基準の統一
検討会資料では次のように説明されている。「保険者機能の強化には、ビッグデータ分析によるデータヘルス推進等のインフラ整備が必要。しかし、現在の審査支払機関のデータは社会保険と地域保険が分かれて集積され、かつ、十分な連結がされておらず、地域医療の全体像を把握できない」。つまり、保険者機能強化によるデータヘルス事業の展開を目指し、まずはそのためのインフラ整備として、審査支払機関が議論の俎上に上げられているのである。
第1回の検討会の議事録を読むと、厚労省は検討会について次のように提起している。「支払基金や国保連といった審査支払機関には、年間20億件のビッグデータが蓄積して」いる。「ビッグデータを活用することによって、保険者機能の強化を支援する新たなサービスをつくり出せないか」。そして、「ICTを最大限活用して、今の審査支払機関の業務をゼロベースで見直して、医療保険の審査業務の効率化をするとともに審査基準の統一を図る」。
そのための改革案の骨格として、
①「徹底した効率化を通じた審査・支払の充実」
コンピュータの段階で審査を完結できるものについては完結する。医師の判断を要する複雑なもの以外はそこで審査を完結させる。これによって職員の審査事務の削減、効率化を図る。
②審査のチェック項目を公表し、透明性の向上を図る。審査判断基準を統一し、支払基金の支部の間のみならず、国保連とも審査判断基準を統一する。
生命・健康の問題を抽象化し、切り捨てる改革は認められない
レセプトデータを活用し、人々の受診行動を数値化し、「地域差」を「見える化」し、保険者に経済インセンティブを与え、医療費を抑制する。そうしたデータヘルス事業を入口に、コンピュータ審査を軸に審査基準の統一化さえ進め、医師の医療行為を抑圧する。IT時代の医療費抑制は、すべてを数字で表し、それを以てこれこそが実態だと強弁し、医師や患者を巻き込んで自治体を数字で競わせるのである。
しかし、数字とはあくまでも事実を抽象化したものに過ぎず、実態そのものではない。医療政策をなす者が人々の生命や健康を数字だけで眺めてしまうと、本来医療保障制度が備えるべき人権保障機能を妨げる間違いを犯すだろう。
医療政策は社会保障政策であり、その目的は常に生命と健康を守るための政策でなければならない。地方自治体の担うべき責任が医療費適正化=抑制に何のためらいもなく置き換えられていること自体に、徹底した批判が必要である。
むしろ、国保改革に求められるのは、医療保障制度としてのさらなる成熟であり、国保をめぐっておきている様々な受療権侵害を生み出さないための抜本改革のはずである。この点については次号、検討したい。
※1 「医療費適正化基本方針案の概要について」(厚生労働省保健局・2016年3月24日)
※2 「保険者インセンティブの検討状況について」(第23回保険者による健診・保健指導に関する検討会資料2。2016年7月29日)
※3 「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会の開催について」第1回資料「データヘルス時代の質の高い医療の実現に向けた有識者検討会の開催について」より(2016年4月25日)
データヘルス計画の推進に係る政府の方針
市町村国保におけるデータヘルス計画の策定状況
厚生労働省資料「国民健康保険制度をめぐる最近の状況について Ⅴ.保険者機能の強化等」より