医師が選んだ医事紛争事例(40)
少し考えてみて下さい 患者側に対する発言
(70歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
自宅において低酸素状態で転倒し緊急入院。間質性肺炎が認められ、悪化状態にあったため、家族にはいつ死亡してもおかしくない状態にあることを説明した。家族は延命処置を拒否した。抗生剤や輸血等で改善は認められたが、看護師が同室の他の患者の抗生剤であるピスルシン1Aを誤って患者に点滴した。なお、本来はゾシン2Aを投与する予定であった。誤投薬は患者の妻が同日発見した。また、ゾシンの点滴漏れ(ほぼ大半)も発生した。したがって4回投与の予定が実質3回投与となった。更に、点滴漏れは患者の皮膚の素因からしばしば起こることがあった。患者は徐々に容態が悪化して「多臓器不全、播腫性血管内凝固症候群」で死亡した。
患者側は、患者の容態が悪くなったのは誤投薬と点滴漏れがその一因として、額は明確でないが賠償請求した。また、医療機関側の「クリスマスまで頑張れたら良いのにね」との発言等、接遇に関しても不満を表明した。
医療機関側としては、誤投薬は明らかな過誤であるが、誤投薬や点滴漏れと死亡かつ容態の悪化に因果関係はないとした。
紛争発生から解決まで約1カ月間要した。
〈問題点〉
医療機関側の主張通り、患者の死亡や様態の悪化と誤投薬・点滴漏れに因果関係は認められなかった。少なくとも因果関係があるとの証明は不可能であろう。ただし、点滴漏れは別としても、誤投薬は明らかな医療過誤と認定される。また、実損が認められないため、管理ミスの名目で、精神的苦痛に対して若干の賠償責任を認めることは妥当と判断された。なお、患者遺族と医療機関側の人間関係は、対応の遅延や不適切さから良好とは言えない様子が窺えた。「クリスマスまで頑張れたら良いのにね」との発言は、分かっていても患者の死亡を想起させるもので、医療機関側の患者側の心情を考慮しない、不用意な発言と判断せざるを得ない。少なくとも患者側への励ましにはならない。医療機関側に何の悪意がなくても、医事紛争は、医療・医学以外の患者接遇でも発生することを、医療機関側は是非自覚していただきたい。
〈結果〉
患者側が医療過誤と死亡や容態が悪化したこととの因果関係がないことを理解したため、若干の賠償金を支払うことで早期示談した。