2015年京都府内二酸化窒素(NO2)測定結果  PDF

2015年京都府内二酸化窒素(NO2)測定結果

大気汚染府内全体に及ぶもここ数年で最も低値に

環境対策委員会(京都府保険医協会 京都府歯科保険医協会)

実施日 2015年12月3日(木)〜4日(金)午後6時の24時間
発送数 1917(医科:1433、歯科:373、定点:107)
回収数 890(回収率 全体:46%、医科43%、歯科44%) 

 はじめに

 京都府保険医協会環境対策委員会の呼びかけに応じていただいた会員の皆様による京都府内二酸化窒素(NO2)大気汚染調査も、2001年以来今回で通算14回(昨年は実施せず、今後2年に1度実施予定)を数えました。ご協力に心より感謝申し上げます。

 これまでの調査結果からは、京都市内、京都市以外の府内でNO2による大気汚染は引き続き減少傾向にあります。汚染が少なかった京都府北部や京都市周辺にも汚染が拡散、緩やかに進行し、全地域で平均化しつつあります。大気中のNO2濃度はCO2濃度と相関すると言われています。地球温暖化の要因であるCO2は、2014年こそ少し減少しましたが、09年以来、わが国では石炭火力発電増設・稼働などで増加傾向にあり、13年度の運輸部門のCO2排出量は2億976万トン(CO2換算)で国内全体の16%を占めています。石炭や石油などの化石燃料に頼らない「脱炭素」社会をめざし、15年12月12日COP21で「パリ協定」が締結され、米国、中国を含む196カ国・地域すべてが参加する国際ルールがスタートすることになりました。

測定方法

 今年度も、京都府保険医協会会員のここ数回の調査でNO2測定にご協力をいただいた方を対象に、プラスチックカプセル(天谷式NO2簡易測定カプセル)を郵送。このカプセルを原則、会員医療機関玄関先あるいは近辺道路の、地上から1・5mの高さで、24時間大気にさらした後回収、協会へ返送していただきました。

 カプセルは配布1917個、回収890個、回収率は46%でした。07年からは配布対象の協力者を絞っています。測定に問題があるサンプルが177個あり、統計からは除外しました。またその他として、四条烏丸付近、油小路と十条通、横大路付近の定点観測に107個を用いました。

測定は大気汚染全国一斉測定日に合わせて

 測定は大気汚染全国一斉測定日に合わせた15年12月3日(木)原則午後6時から翌4日(金)午後6時までの24時間で、3日夜の天候は雨後曇、やや風強く、4日は曇時々晴れ、風強くやや冷、最高気温11・3℃でした。大気中のNO2濃度は天候や空間・地形に依存し、晴れ、無風の日には測定値は比較的高く、雨や風の強い日には、低く出ます。また狭まった空間や地形(特に盆地)ほど拡散されにくいため高い値が、広い空間ほど低い値が出ます。従って、当日の天候からは低目の値が予想されます。

測定基準

 測定基準は例年通り、国の定めた環境基準(1978年)41〜60ppbに準じて、20ppb以下を“きれい”、21〜40ppbを“少し汚れている”、41〜60ppbを“汚れている”、61ppb以上を“大変汚れている”と分類しました。なお、京都市は当面の環境保全基準を40ppb(1986年以前は20ppb)以下としています。

測定結果

 15年度NO2測定データ集計一覧は表1に示します。

 京都市内の各区の「平均値」は、高い順に下京区が21ppb、次いで南区、山科区、伏見区19ppb、中京区、東山区18ppb、上京区17ppb、左京区、西京区16ppb、右京区、北区15ppbとなっています。下京区だけが“少し汚れている”に入っていて、他の区は“きれい”です。

 京都市以外の府内では、久世郡が27ppb、次いで宇治市、城陽市23ppb、京田辺市、木津川市21ppb、八幡市19ppb、長岡京市、綴喜郡(サンプル数1個)、相楽郡18ppb、与謝郡15ppb、亀岡市、舞鶴市14ppb、船井郡13ppb、綾部市、福知山市12ppb、宮津市10ppb、南丹市9ppb、京丹後市8ppb、乙訓郡(サンプル数1個)7ppbとなっています。“少し汚れている”の地域は、久世郡、宇治市、城陽市、京田辺市、木津川市の5地域で、いずれも京都府南部の地域です。他の地域は“きれい”です。

 ワースト10は表2に示しましたが、今回61ppb以上の“大変汚れている”地点はありませんでした。“汚れている”は3カ所見られました。今回ベスト10とすべき最も“きれい”な7ppbの地点は52カ所ありました。NO2濃度平均値年次推移(表3)で過去14回・14年間の経過を見ますと、測定しはじめの頃と比較し、NO2濃度は高い地域と低い地域の差が縮まり、大気汚染が府内全般に及んでいることを伺わせます。

 7年前から測定を開始した阪神高速道路8号京都線出入口付近の十条通付近は24・6(北)〜28・3(南)ppb、油小路通付近は23・6(西)〜25・3(東)ppb、京都市内で最も汚染の強い横大路付近は37・2(北)〜36・5(南)ppb、烏丸蛸薬師の京都府保険医協会は30ppb、四条烏丸交差点付近は34・2(西)〜35・8(東)ppbで、いずれも“少し汚れている”に属しています。

考察

 今回のNO2測定値はここ数年と比べると、最も低い値が出ています。測定条件の中で気象が大きく関係し、測定日の天候は雨のち曇、風も比較的強かったせいがあります。また、2009年のリーマンショック以来、交通量の減少、クルマ離れやクルマの燃費向上・排気ガス対策が進み、環境省のデータでも大気中のNO2も減少傾向を示しています。最近、向日市、京都市南区、西京区にまたがる広大なキリンビール京都工場跡地開発として、府下最大の商業施設イオンモールを中心に、学校、銀行、研修センター、企業、マンション・住宅が密集するエリアが誕生しています。京都市の四条通歩道拡張でクルマの渋滞も問題となっています(写真1)。そのため周辺の生活道路にクルマが入り込み、クルマの流れ、通過台数、渋滞の度合いなどにより、大気汚染の地域分布に変化が生じています。ここ数年内に、阪神高速8号京都線(写真2)や京都府自動車縦貫道などの完成で、京都市内や府下一円にクルマが高速で往来できるようになりました。そのため測定開始の頃と比較して、各地域のNO2濃度の高低差は緩やかに縮小し、大気汚染が拡散したと考えられます。

大気汚染

 産業革命以後、大量の化石燃料の消費を主因に大気汚染が進行してきました。大気中には粒子状、ガス状など様々な汚染物質、すなわち窒素酸化物、硫黄酸化物、一、二酸化炭素、オゾン、ダイオキシン、粒子状物質(PM)、アスベスト、黄砂、火山灰、酸性雨などがあります。大気汚染には短期と長期による影響があり、短期暴露では呼吸器系・心血管系・神経系への急性変化の影響が強く、長期暴露では呼吸器系、心血管系疾患による罹病・死亡、肺がんなどの悪性腫瘍の発生、環境ホルモンによる発育異常、慢性疾患などがあげられています。最近は、人の脳・神経系にも影響を及ぼす報告も増えており、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は、2013年10月に大気汚染そのものに発がん性があるとする見解を発表しています。

二酸化窒素(NO2)

 ものが燃える時、大気中の窒素と酸素が高温に加熱され、化学反応を起こし、NO並びにNO2が発生します。大気中のNO2を測定することで、大気汚染の程度を推定します。現代の大気中のNO2は、50%以上は自動車による排ガスです。NO2の人体への影響は、吸入したNO2の濃度と吸入時間に依存します。高濃度の場合、吸入直後は無症状ですが、数時間後に咳漱、発熱などの症状が始まり、急速に肺水腫へと進行します。また数週間の潜伏期を経て、繊維性閉塞性細気管支炎を発症する可能性があります。また、低濃度で長期暴露の場合、NO2濃度と喘息の発症率は相関関係にあり、NO2自体は無機化合物のため喘息の抗原物質とはなりにくいものの、気道の線毛を脱落させ、アレルゲン作用を増強させます。またTリンパ球やBリンパ球の増強に関係し、一旦患った喘息をさらに悪化させます。

PM2・5、ディーゼル排気微粒子(DEP)

 浮遊粒子状物質(SPM:Suspended Partic-ulate Matter)とは大気中に浮遊する粒子直径が10ミクロン以下のものをいいます。SPM中のさらに粒子直径が2・5ミクロン以下のものをPM(Partic-ulate Matter)2・5と呼んでいます(図1)。NO2とSPMの間には強い相関性があります。

 新聞やテレビで、濃霧でかすむ北京や上海の市街の光景を目にされたことがあると思います。濃霧の正体はPM2・5です。世界最悪の大気汚染の大都市は、WHOによるとニューデリーが1位(PM2・5の年間平均濃度153)、アブダビが2位(64)、3位が北京(56)です。ちなみに東京(千代田区)は10です。PM2・5については、環境省は2000年9月、年平均(長期基準)で1あたり15以下、日平均(短期基準)で同35以下という環境基準を決めています。一方、WHOの指針では年平均10、日平均25と日本の基準よりも厳しくなっています。

 人間が呼吸を通して微粒子を吸い込むと鼻、咽喉、気管、気管支、肺など呼吸器に沈着することで健康への影響を引き起こします。粒子径が小さいほど肺の奥まで達する可能性が高く、PM2・5を吸い込めば肺の奥深く、血管にまで入り込み、喘息、気管支炎、肺がん、心疾患などを発症させ、死亡リスクを高めるとされています。最近の知見では、肺の炎症の程度が、全身のサイトカインレベルや血管の機能不全と相関することが観察されており、このような炎症を介して動脈硬化の進展やプラークの脆弱化をきたし、最終的には循環器疾患の発展に関わるとされています。このPM2・5の中に、特に有毒なディーゼル微粒子(DEP:Diesel Exhaust Particulate)が含まれています。DEP中には、非常に有害な発がん物質やダイオキシンなど、様々な毒性の強い有機化合物がたくさん含まれていて、肺胞に達し血液内に入っていきます。DEPはこれまでの研究成果や動物実験などから健康への影響として、(1)肺がん(2)アレルギー性鼻炎(3)気管支喘息(4)食物アレルギー(5)自己免疫疾患(6)環境ホルモン作用などを引き起こすことが知られています。そのため、日本を含めた先進国で気管支喘息や花粉症などの粘膜アレルギーの増加の原因物質として、DEPは大きな注目を集めています。

 日本のPM2・5濃度に関しては、ここ数年広域的に季節により環境基準を超える濃度が一時的に観測されましたが、大陸からの越境汚染と都市汚染の影響が複合しています。中国からの越境汚染の割合は、九州、中国、四国地方で約60%、近畿地方で約50%、首都圏で約40%となっています。国内発生は関東地方が最も多いとされています。

地球温暖化を促すCO2も排出する自動車

 2015年も異常気象が見られました。35℃以上の真夏日が京都市でも13日間続きましたし、世界でも干ばつ、山火事、暴風雨、竜巻、氷河の消滅など数々ありました。異常気象の原因は、産業革命以後の地球温暖化がもたらしたものと、国連の「気候変動に関する政府間パネル」は指摘しています。15年12月には、パリで国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)が開催されました。12月21日、地球温暖化を食いとめるためには不十分ながら、2大排出国の米国や中国を含むすべての国が参加する合意となり、2020年以後の温室効果ガス排出削減の新枠組を定めた「パリ協定」を採択しました。産業革命前からの気温上昇を2℃未満に抑え、1・5℃未満になるよう努力するというものです。条約に加盟する全196カ国・地域が自主的に削減目標を作成し、国連に提出、対策をとり、5年ごとに見直すことを義務づけています(図2)。各国が温室効果ガスの削減目標を示す中、世界第5位の排出国である日本は、「2030年比で26%減(1990年比で18%減)」との目標を提出していますが、他の主要国と比べ極端に低い目標となっています。また、目標の前提となる「長期エネルギー需給見通し」は、石炭火力を増加させるなど地球温暖化対策に逆行しています。さらに、電力の20〜22%を原子力発電に求めています。再生エネルギーの推進に舵を切るのでなく、危険な原発の再開、CO2排出の多い石炭火発増設は経済優先の、倫理にもとる政策です。

 温室効果ガスには、二酸化炭素(CO2)をはじめ、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、フッ素化合物などがあります。温暖化の寄与度はそれぞれ、63%、18%、6%、13%となっています。そのうち「運輸部門」はCO2排出の15〜20%を占め、その9割弱が自動車によるものです。大気中に自動車によってばらまかれるのは大気汚染物質であるNO2や浮遊粒子状物質だけでなく、CO2も排出され、地球温暖化に一役買っています。ガソリン1に対し2・3kgのCO2を排出します(図3・4)。

自動車の社会的費用

 自動車は人やモノの移動手段として、社会や個人に多くの利便性を与えてきました。しかし反面、人々の生命・健康・安全を脅かす存在として、自動車交通事故、道路渋滞、環境破壊(大気汚染、騒音、振動など)、石油消費、空間占拠、文化的、自然・社会的環境破壊など多くの負の側面も抱えました。道路建設にも多くのCO2排出を伴います。「社会的共通資本」で著明な、世界的経済学者の故・宇沢弘文氏は今日の「クルマ社会」について自動車の社会的費用を論じています。その概念は、本来、自動車の所有者ないしは運転手が負担しなければならない費用を、歩行者あるいは住民に転嫁して、自らはほとんど負担しないまま自動車を利用している時、社会全体としてどれだけの被害を被っているかということを何らかの方法で尺度化しようとするものです。第1が道路の建設・維持の費用、自動車の通行で歩行者や子供の安全が損なわれることによる被害、第2が自動車事故による生命・健康の損失、第3は自動車通行により引き起こされる公害、環境破壊に伴う社会的費用、第4は自然環境の破壊と自動車による文化的・社会的環境の破壊、第5は自動車の生産・利用の過程で使われるエネルギー資源の消失、地球環境の均衡破壊(地球温暖化など)としています。

 さし迫る「地球温暖化危機」は「クルマ社会」の見直しを告げています。

おわりに

 これまで14回にわたって、京都府内の会員の皆様のお力をお借りして、NO2測定大気汚染調査を行ってきました。15年の結果からは、大気汚染は減少傾向にあるものの、府・市内で平均化し、びまん性に拡散していることが明らかとなりました。

 近代文明は、科学・技術の進歩とヒト・モノ・カネのグローバル化で地球資源を開発、採取し、作り替えることで、物質的豊かさを追求してきました。その結果、近代戦争での大量の殺人ばかりでなく、自然環境を破壊し、地球資源の澗渇、生物多様性の消失、地球温暖化などの災厄を招きました。

 私たちは生命や健康を守るために、また次世代へ残さねばならない地球環境持続のために、小さいながらも具体的な日常行動の積み重ねが重要です。そして3・11を経験した今、化石燃料、原発に頼らない再生可能エネルギーへの転換、省エネ、環境に負荷をかけない生活や社会を求められています。

 これまでのご協力にあらためて謝意を表しますとともに、今後の測定にもご協力をお願い申し上げます。

参考文献 嵯峨井勝:PM2・5、危惧される健康への影響、本の泉社(2014)/宇沢弘文:社会的共通資本、岩波書店(2000)/日本維持新報No.4766:特集大気汚染による呼吸器循環気質患は増加している(2015・8)

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