厚生労働省は選挙後の通常国会に医療保険制度改革法案@)を提出する見通しである。法案はまだ公開されていないが、内容は社会保障審議会医療保険部会の「議論の整理」(2025年12月24日)等から予想できる。
法案には「OTC類似薬保険適用除外」「高額療養費制度見直し」等が盛り込まれる見通しである。これらは“療養の給付範囲の縮小による医療費抑制”である。
これに対し、先行する「改正医療法」等を使った医療提供体制改革は「病床削減」「病院の淘汰」(新たな地域医療構想)や「開業規制」(外来医師過多区域)を使った“供給の縮小による需要の不可視化を目指すもの”である。そのいずれも人々の生命・健康を脅かして医療費にかかる国家負担軽減を図る目的がある。
OTC類似薬の保険適用除外と保険外併用療養費の「新類型」
OTC類似薬の保険適用除外について「議論の整理」は次のように記述する。
「医療機関における必要な受診を確保しつつ、OTC医薬品で対応している患者とOTC医薬品で対応できる症状であるにもかかわらず、他の被保険者の保険料にも負担をかけて医療用医薬品の給付を受ける患者との公平性を確保する観点から、薬剤を保険適用としつつ、薬剤費の一部を保険給付の対象外とし、患者に『特別の料金』を求める新たな仕組みを、保険外併用療養費制度の中に創設するべきである」。
これを受ける形で25年12月25日開催の「第209回社会保障審議会医療保険部会第9回高額療養費制度の在り方に関する専門委員会」で、厚労省は「別途の保険外負担(特別の料金)を求める新たな仕組みの創設」として次のように整理している。
趣旨:@医療用医薬品の給付を受ける患者とOTC医薬品で対応している患者との公平性の確保
A現役世代の保険料負担の軽減見直し
内容:他の被保険者の保険料負担により給付する必要性が低いと考えられるときには、患者の状況や負担能力に配慮しつつ、長期収載品で求めているような別途の保険外負担(特別の料金)を求める新たな仕組みを創設し、2026年度中に実施。【法改正事項】
特別の料金の対象となる医薬品の範囲・特別の料金の設定対象医薬品の範囲:
77成分(※)(約1,100品目)(※)OTC医薬品と成分・投与経路が同一で、一日最大用量が異ならない医療用医薬品を機械的に選択。
特別の料金:対象薬剤の薬剤費の4分の1
セルフメディケーションに関する国民の理解や、OTC医薬品に関する医師・薬剤師の理解を深めるための取組み、医療用医薬品のスイッチOTC化に係る政府目標の達成に向けた取組みなどの環境整備を進めるとともに、2027年度以降に対象となる医薬品の範囲の拡大や特別な料金の引き上げについて検討。
配慮が必要な者(特別の料金を求めない方):
子ども、がん患者や難病患者など配慮が必要な慢性疾患を抱えている方、低所得者、入院患者、医師が対象医薬品の長期使用等が医療上必要と考える方等に対する配慮を検討。
異様な保険外併用療養費制度の新類型
つづめて言えば次のようになる。
@「対象薬剤の薬剤費の4分の1」を療養の給付から除外し(どう考えても保険適用除外である)、新たに保険外負担(特別の料金)を徴収する。
A法的根拠として「保険外併用療養費制度」に新類型を創設する。
Bその対象は「他の被保険者の保険料負担により給付する必要性が低いと考えられるときの医療」とする。
だが「他の被保険者の保険料負担…」との文言は異様であり、無茶なものである。
その理由を以下に整理する。
第一に、社会保険制度が社会保障制度であることを踏まえていない。
「社会保険は社会保障の中核的制度として位置付けられている。社会保障の諸制度は、いつでもどこでも誰にでも、必要なサービスや給付を十分に提供することを目的とし、その意味での普遍的保障、すなわちナショナルミニマムの保障を、その制度設計において具体化し、実現できていなくてはならない」A)。その根拠が、社会保険制度に組み込まれた「社会的扶養の原理」B)である。社会保険制度は社会保障制度として国家による生存権保障制度の一形態であるため「他の被保険者の…」といったロジック自体が成立しない。
第二に、「保険原理」としても理屈が通らない。
「保険」とは「発生することが全体としては必然であるが個々的には偶然であるリスクを多数集める(プーリングする)ことによって、リスクの発生に伴う経済的負担の分散・平均化をはかる技術的機能」C)であるにもかかわらず「他の被保険者」の支払った負担を使わせないことは原理的に無理がある。
第三に、「誰が」「必要性が低い」と判断するのか。
皆保険体制は原則、有効で安全性の確認された医療はすべて保険収載され、医師の専門的知見に基づいて提供される。医療を自由自在に保険給付外にカテゴライズする権限を国に与えることは制度の根底を覆す。
これが強行され「他の被保険者の…」を対象とする保険外併用療養費の新類型が創設されてしまえば、事は薬剤自己負担問題では済まない。あらゆる療養の給付が対象になり得る。極端な場合、終末期や透析等、排外・差別主義の立場から繰り返し保険給付除外が主張されている医療が排除される危険性すら抱かせる。
だからこそこれは、史上最悪の医療保険制度改革になり得る。
高額療養費制度の見直しと保険料軽減効果
高額療養費制度は2027年夏までに2段階で月額上限額の(所得区分ごとの)引き上げが予定されている。2026年8月から、新たな年間上限額が設けられる一方、全ての所得区分の月額上限を引き上げ、27年8月からは住民税非課税世帯を除く四つの所得区分を12区分まで細分化し、区分毎の上限額を設定する。「外来特例」も26年8月から段階的に引き上げる。
見直しにより制度利用する人の8割が負担増となる。一方で保険料軽減効果は一人当たり年額1,400円とされる。
許し難いのは国が限度額引き上げによる「受診抑制効果」を1,070億円見込んでいる(長瀬効果D))ことである。その「効果」とは、わずかな保険料軽減のために高額療養費制度を必要とする人を「生命の危機」に晒しての財政効果である。これは見直しがいったん凍結された時にも問題になったことである。それを再度見込む厚労省の人権観・倫理観が問われる。
インフレ下での医療提供体制のあり方を踏まえた改革
報道E)によると、法案には高額療養費制度の「患者負担額を少なくとも2年ごとに検証する規定」が盛り込まれるという。共同通信は「政府は高齢化や治療の高度化で膨らむ医療費の総額抑制を目指しており、自己負担額が定期的に引き上げられる可能性がある」と指摘する。
しかし2年に一度、何を根拠として見直すというのか。
自民・維新の「連立政権合意書」(2025年10月20日)の「社会保障政策」に「保険財政健全化策推進(インフレ下での医療給付費の在り方と、現役世代の保険料負担抑制との整合性を図るための制度的対応)」という項目がある。検証がそのような観点からなされるのであれば高額療養費だけの問題ではない。
あらかじめ(例えば年間の)医療費総額の「キャップ」を決め、その範囲に医療費を収めるため、あらゆる手が打たれるであろう。診療報酬の単価補正、給付変動率導入、「マクロ経済スライド」導入、何でもありである。
これがあながち杞憂でないと思わせるのが、維新の「社会保険料を下げる改革提言」F)にある「インフレ下において医療給付費の伸びを名目GDPの成長率の範囲内にとどめるため、機械的な計算により自動的に抑制される仕組みの導入を検討する」との提案である。これはいわゆる「医療費総額管理」の提案であり、2005年頃から財務省が求めてきた「(経済指標に対応した)マクロ指標による政策目標の設定G)」に他ならず、警戒が必要であろう。
「社会保険料引き下げ」論の国民的克服が必須
法案には高齢者の窓口負担割合の見直し、医療保険制度への「金融所得の勘案」(後期高齢者医療制度のみ)等が盛り込まれる見通しである。
だが今日、多数の人々は医療費抑制を支持している。だかこれは、自分や家族、大切な人たちへの医療サービスを削ることに賛成しているのと同じである。医療サービスを削る形での社会保険料引き下げ論は間違いである。社会保険料を引き下げる唯一の方法は国の拠出を増やすことである。それが社会保障制度としての社会保険制度の原理に則った対応である。このような当たり前のことさえ、わざわざ確認せねばならないほど、事態は深刻である。
(中村 暁・福祉国家構想研究会事務局長)
技術料
薬剤料
特別の料金
定率負担
自己負担
薬剤料の4分の1
@)「医療・介護改革、通常国会に法案提出へ 厚労省、4本を準備」(MEDIFAX web 2026年1月5日)
A)「社会保障憲章2011」(『新たな福祉国家を展望する』(福祉国家と基本法研究会 井上英夫・後藤道夫・渡辺治編著、旬報社)
B)『資本制社会保障の一般理論』(工藤恒夫著・新日本出版社)
C)「社会保険social insurance」工藤恒夫著(『社会福祉辞典』245頁、社会福祉辞典編集委員会編・大月書店)
D)厚生労働省ホームページ「医療費の要素分解」は次のように解説する。「制度的な給付率の変更に伴い、医療費の水準が変化することが経験的に知られており、この効果を「長瀬効果」と呼んでいる。例えば、給付率が低くなる(=患者負担が増加する)制度改革が実施されると、受診行動が変化し、受診率が低下したり、1件当たり日数が減少する。」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/02/dl/s0206-5c.pdf
E)「高額療養負担2年ごと検証、定期引き上げの可能性も」(共同・メディファクス9624号)。なお、上野厚労大臣は会見で「現段階では検討していない」と2月13日までに回答している。
F)日本維新の会「社会保険料を下げる改革提言」
https://o-ishin.jp/policy/2025_lower_social_insurance_premiums/
G)「財務省建議に『医療費総額管理』の再提案を示唆」(拙稿・無記名、京都保険医新聞・第3099号)
(※)第209回社会保障審議会医療保険部会 第9回高額療養費制度の在り方に関する専門委員会【参考資料2】をご覧いただきたい。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67991.html







