佛教大学教授 岡ア 祐司
生活保護裁判の勝利とナショナル・ミニマムのある社会 ①
「デフレ調整」という違法な手法
今年6月27日、最高裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)で「いのちのとりで裁判」と言われた生活保護受給者が起こした全国訴訟の判決が言い渡された。この裁判は29地域31裁判が行われたかつてない大規模なもので、地裁での原告勝訴は20・敗訴11、高裁での原告勝訴は7・敗訴5であった。最高裁判決は「厚生労働大臣が、『個人の尊厳』(憲法13条)の基盤となる『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』(憲法25条1項、生活保護法3条)の重要性を軽視し、生活保護法8条2項によって考慮すべき事項を考慮せずに行った本引下げを違法として、これに基づく保護費減額処分の取消しを認めたものであり、司法が担う役割を十分に果たしたものと高く評価できる」(日本弁護士連合会会長声明、傍線は筆者)ものである。
違法とされたのは2013年〜2015年に実施された生活保護基準の引き下げであり、その際に厚生労働省が行った生活扶助費(生活費に該当する部分)の「デフレ調整」という手法が違法であることを裁判官5人全員一致で認めた。「デフレ調整」は別名「物価偽装」とも言われ、物価の変動率に合わせて生活扶助費を改定するのであるが、保護費を減らすために変動率を意図的に操作していたという話である。そこで厚労省が使ったのが「生活扶助相当CPI」というそれまで誰も聞いたことがない指標であった。CPIは総務省統計局の消費者物価指数だが、「生活扶助相当CPI」は厚労省と某民間シンクタンクが生活保護基準引き下げのためにつくったもので、2008年から2011年の家電製品やPCの価格の低下を反映して率が下がる仕掛けになっていた(詳細は、白井康彦ほか『生活保護削減のための物価偽装を糾す!』(あけび書房、2014年)。また「いのちのとりで裁判全国アクション」のHPを参照されたい)。判決文では「デフレ調整に係る厚生労働大臣の判断の過程および手続きには、過誤、欠落があった」と厳しく指摘している。
他にも「ゆがみ調整」の改定問題や物価下落がより強く反映するよう消費者物価指数の計算でラスパイレス指数ではなくパーシェ方式も併用したことなどの問題点も、裁判運動の中で明らかになっている。
通常、生活保護基準の改定は社会保障審議会生活保護基準部会に諮るものだが、この引き下げはそこにも諮っていなかった。なぜか。この背景には、“生活保護バッシング”という名の、受給者への「差別・人権侵害行動」がある。これは、制度批判に重点があるのではなく、受給者への差別や侮辱とそれをテコにした社会の分断を狙った行動である。生保バッシングは昔からあるが、特に2012年に入って片山さつき議員を中心に国会審議の場で受給者家族の個人の名前を挙げて(それ自体が人権侵害である)、扶養可能なのに家族が生活保護を受給していると攻撃した。そして、2012年12月の総選挙で安倍晋三総裁(当時)が率いる自民党は、公約の中に「生活保護の給付水準を10%引き下げます」と掲げ政権与党に戻った。
民主党政権下で生活保護制度運営が緩やかになったわけでもないのに、生活保護引き締め策が「日本を、取り戻す。」公約の一環になったのである。この自民党の公約に応えるために生活保護基準の引き下げが行われた。この点は原告が敗訴した名古屋地裁判決(2020年6月25日)の中で、引き下げが自民党の政策の影響を受けていることは否定できないと認定されている。同判決では同党政策は国民感情や国の財政事情を踏まえたもので、厚労大臣がこれらの事情を考慮できるのは明らかだと、原告の請求を棄却した。
最高裁判決に対するその後の厚労省の対応は、判決を真摯に受け止めるものではなく、むしろ「ないがしろ」にする対応である。「専門委員会」をつくり判決で断罪された本質に対してではなく、技術的な問題と部分的な判例文言の理解に話を矮小化して議論し、今後の対応策の選択肢を作成した(11月18日に報告書)。さらに厚労省は、違法とされたデフレ調整(マイナス4・78%)に代わり低所得層の消費実態と比較する水準調整として「マイナス2・49%」を行い、受給者全体の権利回復ではなく、原告にのみ特別給付金を給付するという方針を示した。受給者の分断策である。厚生の原語は「正徳利用厚生」(書経)で「衣食を十分にし、空腹や寒さに困らないようにし、民の生活を豊かにする」ということらしいが、真逆の対応である。
この話は、生活保護受給者と厚労省の間だけの争いではない。日本の生活保護制度は社会保障の一環である公的扶助であり、公的扶助の給付水準は社会保障の根幹である「国民最低限(ナショナル・ミニマム)」の土台を形成する(最底ではない)。厚労省のやっていることは、もとももと脆弱な日本の「ナショナル・ミニマム」を一層脆弱なものにする。貧困低所得層の生活だけではなく、病気や過労、介護、子育てなどの生活上の変化・アクシデントによって支出増大や家事・介護負担で崩れやすく階層転落の不安に脅かされている一般労働者の生活の土台を脆弱にする。このことは次回に説明したい。







