そこのところが知りたかった 医療安全Q&A PartU vol.4  PDF

院内の患者間トラブル

あやめ法律事務所 松尾 美幸 弁護士

 Q、院内で患者同士のトラブル(患者同士の暴力沙汰、靴の履き間違いなど)があり、被害を受けた患者から医療機関の管理責任を問われた場合、応じなければいけないのでしょうか。
 A、

(1)暴力沙汰が起きた場合

 医療機関が患者の治療をする場合、法律上は診療契約を結ぶものと解されています。また、この診療契約に付随する義務として、医療機関は患者の生命、身体などの安全に配慮する義務を負うものとされています。
 医療機関がこの安全配慮義務に違反した場合、被害を受けた患者に対して賠償責任を負うことがあります。
 設問の「患者同士の暴力沙汰」について言えば、原則として、かような事態は予見できるものではないので責任を負うことはありません。
 ただし、以下の裁判事例のように賠償を命じられたことがあります。
 【裁判例@】精神科に入院中の患者(加害者)が他の患者(被害者)を妄想に基づいて殺害したという事案では、裁判所は加害者が入院当時から精神障害の程度が顕著で、わずかの刺激により思わぬ対象に殺意を持って攻撃を加えることが明らかな状態にあったこと、事件の態様と本件事故発生時の環境(攻撃と反撃が繰り返され殺害に至るまで一定の時間を要したこと、物音もあったと思われたことなど)からして、看護師らが現場に急行していたならば被害者の死亡は回避できたとして損害賠償責任を認めました。
 ただし、被害者が85歳と高齢で無職であったこと、かつて原告が病院から被害者の引き取り要請を拒否していたことなどの事情を考慮して、被害者自身の慰謝料60万円、同居者の原告の慰謝料10万円、弁護士費用30万円としました(昭和55年2月6日神戸地方裁判所判決)。
 【裁判例A】特別養護老人ホームでのショートステイを利用している利用者(加害者)が他の利用者(被害者)の車椅子を押して転倒させ、左大腿骨頭部骨折の傷害を負わせた事案では、裁判所は事件直前に加害者が前記車椅子を自分の物だと述べ、使用中の車椅子を揺さぶるなどの行動に出ていたこと、加害者に自室に戻らせるだけでなく被害者を階下に移動させるなど加害者に接触しない措置を講じることが可能であったとして、被害者の相続人らに対し合計1054万5452円の損害賠償を認めました(平成18年8月29日大阪高等裁判所判決)。
 これらの裁判事例はいずれも、医療機関には暴力沙汰を原因とした死亡や傷害という結果が予見でき、かつ、かような結果を回避できたと認定されたものです。
 したがって、医療機関が暴力沙汰を予見できる場合にはやはり放置することなく可能な限り未然に防ぐ工夫をしておく必要があります。

(2)患者の所持品がなくなった場合

 原則として、靴や傘などの所持品は患者自身が管理するものですので、医療機関はこれらの紛失や盗難の責任を負わないと思われます。
 ただし、次のような場合には損害賠償の責任を負います。
 例えば、医療機関が患者から靴や傘その他所持品を受け取るなどして預かった場合、自己の所有物と同程度の注意を払う責任を負いますので(民法659条)、その注意が不十分で紛失や盗難に遭った場合は損害賠償の責任を負わなければなりません。
 その他、意識不明で搬送された患者が身に着けていた指輪や入れ歯などを病棟で預かりながら、これを不注意により破損、紛失、盗難で失くしてしまった場合にも責任を負わなければなりません。

(3)トラブルへの対応方法

 かようなトラブルが生じた場合は現場の担当者だけで対応することは避け、医療機関内でチームを組んで対応する必要があります。また、かようなトラブルに見舞われた場合に備えて対応マニュアルを作成するなど事前に準備しておくと良いと思います。
 厚生労働省は平成18年9月25日医政総発第0925001号「医療機関における安全管理体制について(院内で発生する乳児連れ去りや盗難などの被害および職員への暴力被害への取り組みに関して)」という通知にて、暴力事件、乳児の連れ去り事件、盗難などの院内トラブルに関する方策を提示しています。次のQRコード(厚生労働省サイト)からアクセスできますので参考にしていただければ幸いです。
 また、患者同士のトラブルが原因で、お困り事があれば保険医協会にご相談下さい。

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