特集 パラスポーツの魅力に迫る 医療とパラスポーツの橋渡し  PDF

 2024年はオリンピック・パラリンピックがパリで開催された。パラスポーツを見る機会が増えたが、スポーツ医として活躍する医師に比べて、パラスポーツに携わる医師は多いとは言えないのが現状だ。医療がもっと障害分野と関わることで、ともにできることは多い。医療とパラスポーツの橋渡しの一つになればと、パラスポーツでメディカルサポートに携わる谷井啓一医師と徳永大作医師、パラ・パワーリフティング現役選手の中嶋明子氏に、福山正紀副理事長がインタビューし、その魅力に迫った。

ふくやま・まさき
元京都府医師会スポーツ医学委員会委員長、同志社大学スポーツ健康科学部講師(スポーツ内科学)、ふくやまクリニック院長(上京東部)

パラスポーツに関わる人をもっと広げたい
選手の人間性も魅力 知ることがその一歩

自らの体験を活かして
やつい眼科クリニック 谷井 啓一 医師(綴喜)
聞き手 福山 正紀 副理事長

人はここまで努力できる パラトライアスロン

目の疾患診るだけでなく、スポーツする喜び伝えたい

 福山正紀副理事長 私は内科医としてスポーツ医学に関わってきましたが、ハンディキャップを持っている方のスポーツへの認識は十分でないと思っています。医療は障害者への配慮があってしかるべきですが、医療がパラスポーツに対してももっとできることがあるのではないかと思っています。谷井先生がパラスポーツに関わるきっかけは何でしたか。
 谷井啓一医師 過去に聴覚障害のご夫婦がトライアスロンの大会に出場するドキュメンタリー番組を見て興味を持ちました。過酷なスポーツに取り組む姿、聴覚障害というハンディキャップを日々の工夫で生活、トレーニングをしている姿など、心を打たれるものがありました。その後、もともと競泳をやっていたことと第2回東京マラソンで走った経験から、トライアスロンの挑戦を現実的に思えるようになり、自転車を購入して始めました。
 トライアスロンの大会はパラトライアスロンと同時に開催されることが多く、パラトライアスロンは実際に目にする機会が多い競技です。眼科医としてパラスポーツに寄与できないかと思い、最初のステップとして資格を取りました。
 福山 視覚障害者用補装具適合判定医師という資格ですね。どんな資格ですか。
 谷井 ロービジョンと言われる視力が非常に悪いもしくは視野が非常に狭い方に、日常生活を手助けするための適切な補装具をアドバイスする資格です。
 福山 知識や資格を活かしていったのですね。トライアスロンとパラトライアスロンの魅力は何ですか。
 谷井 トライアスロンは水泳、自転車、ランニングの3種目があり、短いものだと水泳は1・5 、自転車40 、ランニング10 、長いものだと水泳は3.8 、自転車180 、最後にフルマラソンです。1種目であれば最初に順位が決まってしまいますが、3種目あるので順位が入れ変わる可能性があり、諦めずに頑張れば挽回できる可能性があります。過酷なスポーツなので、ゴールした時の達成感は非常に大きいですね。私は初めてゴールした時に自然と涙が溢れました。
 パラトライアスロンには視覚や四肢の障害などでカテゴリー分けがあります。車いすの方は上半身の力のみで泳ぎ、自転車は手で回すハンドサイクルを用い、ランは車いすを用います。視覚障害であれば3種目とも伴走者を付けます。選手によって種目の得意不得意があり、ゴールまでに順位が変わります。必死に走っている選手の姿を見ると、人はここまで努力できるのかと感じられることも魅力です。
 福山 私は学生時代から登山をしています。コロナ禍までは3000メートル級の山を1年に1回は登らないと気が済まなかったので、持久性のスポーツの達成感は良く理解できます。医師がこれからパラスポーツに関わっていくにはどうしていけば良いでしょうか。
 谷井 ロービジョンの方はスポーツに対して消極的になりがちです。スポーツの興味を聞き出して、競技団体につなげていくことも医師として大事な役割です。
 福山 見えない世界を想像するのは難しいです。視覚障害への理解について教えていただけますか。
 谷井 生まれつき全盲の方の世界を私たちが想像することは大変難しいことです。しかし目の見えない環境を実体験することはできます。視覚障害者用補装具認定講習では特殊な眼鏡を用いていろいろな視覚障害の状態を作り出し、体験する実習があります。例えば目が見えないとコップにお茶がどのくらい入っているか分からないので、指をコップに入れて量を確かめたり。体験として知り、どうサポートをしたら良いかを理解することはできます。
 「障害のない人はスポーツをした方が良い、障害がある人はスポーツをしなければならない」という有名な言葉があります。スイスのハインツ・フライ氏という66歳の今も現役の選手の言葉です。ご自身に障害があって、パラスポーツの意義を説かれています。パラスポーツは障害のある人にとって身体的なリハビリテーション、健康増進、生きがいになり、仲間と集うことで社会参加にもつながります。眼科医としてロービジョン患者さんの疾患だけを診るのではなく、積極的にスポーツを促していくことが必要だと思っています。
 福山 年齢を重ねると身体機能が落ちてきます。ある意味で障害と関連する部分が多いです。パラスポーツを特別なものと考えるのではなく、高齢化した時の心得として広めていきたいですね。これからの目標や展望はありますか。
 谷井 国内では年間でトライアスロンが70大会、パラトライアイスロンが5大会程ありますが、都道府県単位でもっとパラスポーツの大会が普及してほしいと思います。そのためにもパラスポーツをする人口を増やしていくことも必要ですね。視覚障害の方に外に出るとこんなに楽しいことに出会えるのだと知ってもらうこと、それが私たちの役割だと思います。
 福山 どんな人でもスポーツに参加しやすい環境作りが大事ですね。医療と介護の連携が当たり前に言われるようになり、医師として障害分野にもっと関われることがあると思いました。パラスポーツに関わっている医師からの発信も大事ですね。
(2024年10月18日)

谷井 啓一医師

やつい・けいいち
2005年大阪医科大学卒業、2005年市立伊丹病院、2007年国立病院機構東京医療センター・感覚器センター眼科 その後、基幹病院にて勤務、2017年日本生命病院眼科部長、2023年やつい眼科クリニック開院、日本眼科学会認定専門医、視覚障害者用補装具適合判定医師、障がい者スポーツ医。

 パラトライアスロンの伴走はパラ選手を上回る競技の実力と伴走する特殊な技術が求められる。例えば二人漕ぎの自転車を乗りこなす技術、紐を付けて一緒に泳いだり、走ったりする技術などだ。「選手と一緒に練習する時間も必要で、開業してからは時間を取れず携わるのは難しい」と谷井医師。=撮影:やつい眼科クリニック

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