コロナ「留め置き死」― 医療を受けられなかった人たち  PDF

評・岡 祐司 佛教大学社会福祉学部教授

背景に人権の課題自分事と捉える端緒
医師たちの行動と苦労の情報少ない中

 人間の生(生まれる、生きる、活動する、死ぬ)にとって、医師は切実かつ絶対的に必要な存在である。高度な専門性と質を持つ日本の医療は、「皆保険」体制の下で、病院・診療所と医師をはじめ医療従事者の懸命な働きによって住民に届けられてきた。しかし、コロナ禍ではどうだったのか。新型コロナに感染したにもかかわらず医療を受けることができず、亡くなった人は少なくなかった。新興感染症の混乱した状況だったので、「仕方がなかった」、「やむを得なかった」で済ますことはできない。いったい何が起こっていたのか。その実態の分析と検証について、専門家も研究者も公務員も政治家も決して逃げてはならない。問題の本質と責任の所在を検討して初めて、次の新興感染症の拡大に備えることができる。しかし、コロナ禍で医療にかかれなかった問題の構造的な分析と解明は、いまだ十分とは言えない。
 本書は「コロナ『留め置き死』」問題を福祉施設(高齢者、障がい者)や病院、保健所(地域)ごとに取り上げ、社会保障研究者や運動家、福祉の専門家、ジャーナリスト、医師や保健師が多面的に分析した貴重な1冊である。
 本書の特徴は以下の通りである。 各現場の実態と課題がデータや事例を基に明確に記述されている コロナ禍での医療逼迫がそれまでの新自由主義的な医療制度改革がもたらした矛盾の顕在化である面も指摘している 現実に起こった問題だけではなく、その背景にあるイデオロギー問題や人権を巡る課題が指摘されている 医療や保健所、福祉の現場での専門職の苦闘と苦悩が率直に語られている 医療(医師)の側から問題分析を踏まえた医療の本質と課題や教訓が述べられている 執筆者から読者に対して「いのちを大切にする国をめざす提言」が示され、私たち自身がこの問題を自分事として考え取り組んでいく手掛かりがまとめて示されている―である。
 今後も、公衆衛生と医療の充実のために医療関係者、行政・福祉職員、研究者、市民が討議し共同していくことが必要だが、本書はそうした場に大きな貢献を果たす1冊だと思う。なお、7月に京都府保険医協会から『コロナ禍の医師たち―記憶と記録がこれからの感染症対策の出発点に』が発行された。実は市民にとって、コロナ禍で医師が何を考えどう行動し、何に苦労していたのかを知る情報源は少ない中で、非常に貴重な冊子であり、送付いただいて感謝している。こちらもしっかり読み込んで、今後の医療保障運動に備えたいと個人的には思っている。

編 横山 壽一、井上 ひろみ
中村 暁、松本 隆浩
株式会社旬報社
2024年7月10日 1,870円(税込)

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