ムラサキシキブ(紫式部)辻 俊明(西陣)  PDF

 初秋の頃、ムラサキシキブ(紫式部)という名のシソ科の低木は宝石のような艶やかな紫色の実をつける。知性と美しさを兼ね備えた平安時代の女性作家「紫式部」のイメージになぞらえ、このように命名されたようだ。秋が深まるにつれて葉は徐々に黄色く色づき、紫色の実は余計に人目を引くようになる。付けられた英名はJapanese beautyberry。気品と美の紫だ。
 現在放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」では紫式部の半生が描かれている。第4回放送で女優の吉高由里子さん演じる主人公の「まひろ」(紫式部)が十二単を身にまとい舞った美しい雅楽「五節舞ごせちのまい」は平安時代に現在の形になり、一時期すたれたが再興され、今の天皇陛下即位の際にも披露された。いにしえの美しさは時を超え、今なお人々を魅了する。
 紫式部が著した「源氏物語」は繊細な心理描写により、日本最高峰の古典文学と称賛されている。同じく大河ドラマでファーストサマーウイカさん演じる清少納言の「枕草子」も、世界最古のエッセイ文学としての評価が高い。どちらも美的センスが光っている。
 かつて英国では、自国の文化遺産であるシェイクスピアの戯曲を世界最高の文学作品であると多くの人が考えていた。特にシェイクスピアの作品を高く評価した20世紀初頭の英国詩人、T・S・エリオットは、「(植民地としての)インドを失っても構わない。しかし、シェイクスピアを失うことはできない」とまで述べた。
 英国民がシェイクスピアの作品を世界最高の文学作品であると考えるのと同じ理由で、私たちは源氏物語や枕草子などの古典文学を世界最高の作品と評価することも全く可能なはずだ。
 五節舞や古典文学に見られるような美意識の他に、わが国には古来より、困った時にはお互い助け合い、支え合うという精神的な美意識がある。医療、介護などの社会保障制度ももともとこの美意識に基づいて設計された。
 わが国特有の伝統的美意識は、文学、歴史、社会制度など精神文化の中に今なお息づいている。そしてこれからも社会の多くの局面で見出されるであろう。
 いずれの時代でも、どのような社会にも、美は存在する。そして美しさは新たな美しさを触発する。「まひろ」の舞は現代社会の中で、未来の社会の中で、さまざまな様式の美を触発し続けるのである。

写真はムラサキシキブ

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