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都留文科大学名誉教授 後藤 道夫
少子化と「失われた50年」@
雇用不安定と低賃金が若い世代を直撃

(1)出生数大幅減と有配偶率の低下

 出生数の減少は先進国に共通する現象だ。だが今の日本は、結婚、世帯形成に関する自分の希望がかなわない多くの人口を抱え、しかも、社会機能の弱体化・衰退をさまざまな場面で引き起こすほどの急激な減少に見舞われている。
 2023年の出生数は速報値で73万人。1947〜49年の第1次ベビーブームは年平均で269万人、第2次の1971年〜74年では204万人だった。だが、世紀転換期に予想されていた第3次ベビーブームは起きず、現在まで減少が続いている。
 それぞれの時期の出生数を直接に左右するのは、@出産年齢期の女性の数Aその有配偶率(図)Bカップルあたりの子どもの数―である。詳細は省くが、それぞれについて、第2次ベビーブーム期、世紀転換期、現在をごく大雑把に指数形式で比較すると、@100、92、68A100、82、70B100、101、86となる。三つの変化を掛け合わせると100から41への縮小が見える。
 三つの指標変化を比較すると、世紀転換期に最も大きな変化があったのは有配偶率であり、@Bはその後の減少が目立つ。有配偶率の低下は1970年代から、20歳代後半の有配偶率低下、つまり「晩婚化」として始まっている。だが、少子化をより鮮明に表す30歳代後半の女性有配偶率の低下は世紀転換期から顕著となった。
 つまり、70年代前半出生の第2次ベビーブーマー世代は、結婚・世帯形成の時期である世紀転換期に大きな環境変動に見舞われて有配偶率が下がり、出産年齢女性数の若干の減少と相まって、第3次ベビーブームが消えたと考えられる。
 周知のように、世紀転換期には〈雇用不安定、低賃金〉を軸とした生活の将来見通しの急速な悪化が特に若い世代を直撃した。有配偶率の低下の背景であろう。

(2)結婚、世帯形成を抑制する労働環境

 世紀転換期の大変動は、90年代半ばからの若年層の〈非正規・無業〉化から始まった。01年・02年の大企業正規労働者の大リストラによって雇用リストラが常態化し始め、21世紀の最初の10年でサービス職を含むブルーカラー系の「年功型賃金」が崩れ、2005年頃までには失業者の失業給付受給率が2割(20世紀末までは4割)となった。労働時間規制、派遣労働規制、契約期間規制も次々に緩和・撤廃された。医療・介護の負担増、年金給付の削減、高等教育費の高騰もこれに加わった。
 これらの資本攻勢と制度改悪の結果、日本は四半世紀にわたって平均賃金が下がり続ける希有な国となった。名目賃金は2013年まで、実質賃金は現在もなお下がり続け2023年では97年の83%となっている。
 男性の有配偶率、有子率は年収に強く左右されるようになった。2022年現在、35〜39歳男性労働者の未婚率は、年収300万円未満67%、300〜399万円46%、400〜499万円34%、500万円以上が17%である。〈40歳代男性のうち子育て中の夫婦の夫である割合が5割前後になる年収〉は2002年で〈250〜299万円〉階層だったが、2022年は〈400〜499万円〉階層となった。2022年の〈250〜299万円〉階層ではこの割合は32%に過ぎない。
 他方、30歳代後半男性で年収400万円以上の労働者は、97年の78%から2022年には62%に減っており、職業大分類のサービス、生産工程、運輸・機械運転、運搬・清掃・包装建設・採掘などのブルーカラー系職種ではどの年齢でも年収の分布のピークは300〜399万円に集中するようになった。経済的理由による結婚、有子の抑制・困難は非常に多くの人々に影響を与えていると推測できる。
 なお、男性へのこうした厳しい結婚バリアは、女性の賃金水準の異様な低さと不安定雇用の高率を前提としており、どの国にも見られるものではない。
 こうした状況にもかかわらず、現在の政府の少子化対策は、その多くが子育て支援と当座の女性労働力確保に向けられており、喫緊の課題であるはずの有配偶率の本格的改善、つまり、非正規の抜本的規制と賃金の大幅底上げ、男性への厳しい結婚バリアを作り出しているジェンダー格差の解消は日本の支配層の真面目な検討対象になっていない。
 だがそもそも、労働側からの強制なしに、支配層はこうした改善措置をとるものなのか。
 50年にわたる労働側対抗力の極小化が何をもたらしたか、次回に考えたい。

ごとう・みちお 都留文科大学名誉教授。福祉国家構想研究会共同代表。非営利・協同総合研究所いのちとくらし副理事長。1947年福島県生まれ。現代日本の貧困を〈開発主義国家体制と日本型雇用の崩壊〉の視点から分析し、「新たな福祉国家」の構築を提唱。主な著書:『収縮する日本型〈大衆社会〉―経済グローバリズムと国民の分裂』(旬報社、2001年)、『反「構造改革」』(青木書店、2002年)、『戦後思想ヘゲモニーの終焉と新福祉国家構想』(旬報社、2006年)、『ワーキングプア原論―大転換と若者』(花伝社、2011年)、共編著『失業・半失業者が暮らせる制度の構築―雇用崩壊からの脱却』(大月書店、2013年)、共編著『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし―「雇用崩壊」を乗り超える』(大月書店、2018年)

年齢別 女性の有配偶率 国勢調査長期時系列表

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