鈍考急考 53 原 昌平 (ジャーナリスト)  PDF

報道機関をガサするという暴挙

 日本で最も強い権力を持つ組織は、どこだろうか。
 首相官邸? 検察庁? 自衛隊? 財務省?
 筆者は、警察だと思う。
 人の身柄の拘束や家宅捜索、押収ができる。令状請求を裁判官は簡単に認める。法律上の権限や知識は検察庁が上だが、警察は実力行使する力と武器を持ち、公安をはじめとする秘密の情報網も持つ。
 全国に約30万人を擁する巨大組織。都道府県ごとに分かれていても、警察庁採用のキャリアが仕切る。
 階級社会だが、人間の集団なので、一枚岩ではない。正義感の強い人もいれば“ヒラメ”もいる。腐敗に手を染める人間も、不満を持つ人もいる。
 他と比べた特徴は、組織防衛の意識の強さだ。組織として実行したことは、よほどでないと謝らない。各地で相次ぐ警察官の不祥事では、一般人なら逮捕する事件でも、不拘束で処理することが多い。
 鹿児島県警の前生活安全部長が地方公務員法の守秘義務違反の疑いで逮捕・起訴された。本部長が警官の不祥事のもみ消しを図ったのか、前部長は社会正義のために捜査関係資料を外部へ送ったのか、これから裁判で争われる。
 県警内部のゴタゴタのように映るが、重大なのは、県警が4月8日、ネットメディアの事務所を地方公務員法違反の関係先として捜索し、パソコンなどを押収したことだ。
 元新聞記者として、これはとうてい見過ごせない。
 捜索を受けたのは、福岡市に拠点を置くニュースサイト「ハンター」。調査報道を掲げ、契約する複数のライターが全国各地の政治、行政、司法、企業の問題を中心に記事を掲載してきた。
 同社は2023年1月、鹿児島県警を批判する記事を載せた。県医師会の男性職員から性被害を受けたと女性が訴えた際、鹿児島中央署が告訴状を受理しようとしなかったのは問題だと書いた。男性職員の父親は当時、同署に勤務する警部補だったという(のちに告訴は受理。不起訴)。
 10月には、入手した「告訴・告発事件処理簿一覧表」を、一部黒塗りにして掲載。警察の身内かばいで捜査が歪められていると主張した。
 11月には「刑事企画課だより」が、再審や国賠請求への対策として、捜査書類やその写しの速やかな廃棄を促していたことを暴いた。
 その後も、県警の捜査のあり方や不祥事を批判する記事を何回も載せてきた。
 捜索に対して「鹿児島県警の報道弾圧に抗議する」との社論を公開している。
 報道関係者にとって、情報源の秘匿は、最も重い職業倫理だ。情報提供者、取材協力者が守られなくては、安心して情報提供できなくなる。
 前部長は3月、同社に寄稿していたライターに匿名で資料を郵送しており、一連の報道の情報源ではなさそうだ。その郵送が公益通報かどうかだけが問題の本質ではない。
 警察批判のキャンペーンを展開してきたメディアが、その警察から捜索されたことが、とんでもない話なのだ。メディアの大小は関係ない。
 取材資料やパソコンを権力に押収されるのでは、報道の自由が吹き飛んでしまう。

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