私のすすめるBOOK 医師でなければ書けぬ本 装画も見応えあり 宇田 憲司(宇治久世)  PDF

 文芸的執筆にたけた人は理系の人間にも多い。この小説の作者、我らが大先輩もその一人である。直近の前作には、『出家』(同出版社発行)がある。本書では、がんの告知を拒否したため、終末期前の抗がん剤治療も十分に実施できず症状の改善もなく納得できぬ疑問の内に終末期を過ごし、「死んだあと、私の魂はどこにいくのかしら?そう言って彼女は逝った」40歳代女性の愛と死へのオマージュの物語である。
 主人公はその題の通り、子宮がんの切除後早々にして転移性ではなかった回盲部がん、下行結腸がんなどに罹患し、未告知のまま終末期治療を受けることになるが、「がんの告知を拒否した患者の終末期医療や看取りでの付き合いはどうするか、どうなるか」と、なかなか面白い切り口での展開だと編集委員会時での感想でもあった。医師でなければ書けぬ本ですね、と我が母校の学友会は事務局長の賛辞でもあった。
 物語の展開は、各自ご購入の上お読みいただければ分かるとして、この本では何よりも、ブックカバーに描かれた足達英子氏の装画がすごい。右上図では、クラゲに似た腔腸動物が、自ら浮遊・生育する宇宙空間へと触手を伸ばし、その細く中につながる神経線維でエッセンスを吸い取り、内部へと吸収・増大している。それもいつしか干からび始めて、左図では骨のように凝集して固まり、ついに海底ではプランクトンの死骸とも混ざり合って、石の油にも変転して輪廻しよう。右下には、本帯(ほんおび)で半ば隠されてしまっているが、生存・持続して進化・独立へと展開する器官と、連続して死への崩壊へと導かれて往く臓器へと協働・結実する肉体が描かれ、物語にふさわしい。本紹介文では小さい図柄で十分に鑑賞してもらえず残念です。注文して、本帯を外して手にしていただければ幸いです。

『マルチプル・キャンサー』
中島 健二著
㈱PHPエディターズ・グループ 発行
2023年3月15日
1,430円(税込)

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