所感 あらためてマイナンバーカード保険証を考える 理事長 鈴木 卓  PDF

 政府は、マイナンバーカード(マイナカード)の普及のためにポイントや宣伝費で何と2兆円を投入した。それでも、思うようにマイナカードの取得は進まなかった。そこで政府は最後の一線を越えた。それが従来の健康保険証の廃止方針、すなわちマイナカード保険証なしでは保険医療が受けられない仕組みへの移行である。これは、任意であるはずのマイナカードの強制取得策である。人は誰でも病気になる。マイナカード保険証を取得しなければ、保険料を払っていても保険医療が受けられない(全額自己負担は医療そのものへの拒絶に等しい)となると、重大な健康保険法違反であり、さらには憲法25条へも抵触すると考えられる。

欧州では国民番号カード廃止 その逆を行く日本

 政府がマイナカードの普及を願う気持ちは分からないでもない。20年間世界最先端IT立国を謳い、毎年成功したと報告しながら、実際はコロナ禍でIT後進国であることが露呈した。その総括をすることなく、今度はとにかく国家による湯水のごとき資金(税金)投入と権力の強制力でIT化、そのためには絶対マイナカードだと焦っているのであろう。
 欧州先進国のイギリス、フランス、デンマークでは番号制度はあるが、国民番号カードは数年前から相次いで廃止された。オランダやドイツにはもともと国民番号カードはない。理由は国民番号カードは本人確認を容易にするだけの手段であり、リスクや費用の負担に見合わないとの判断である。カードは何ら番号制度の必要要件や本質ではないのである。

すでにある医療番号でオンライン資格確認は可能

 日本はすでに各人のマイナンバーが振られている。同様に、各個人の医療番号もすでに振られている。従来の保険証番号に下2桁の枝番を付けた保険証番号がそれである。この保険証番号は各個人単位の固有の番号であり、保険者の変更があろうが、そのまま一生涯変わらない医療番号として存在し、通用し続ける。医療を受けるには、この番号で受付すればオンライン資格確認の機械からだけでなく、医療機関の事務窓口経由でも保険資格が確認でき、診察につながる仕組みはできている。
 また医療連携やPHR(Personal Health Record)などにも、この医療番号を用いる仕組みで構築すれば良いのである。つまりマイナカードや健康保険証の確認証も本質的構成要素ではなく、本人確認ができ、その本人の保険証番号(=医療番号)が分かれば、診療は一生涯滞りなく受けられるのである。少なくとも保険料を納めている限り、その本人は保険医療を受ける絶対的権利を持っている。流れに棹さすがごとく、保険証は廃止だ、経過措置の確認証は1年の期限で終了だ、などと議論されていること自体が的外れ、ナンセンスなのである。厚労省は、こんな自縄自縛により国民皆保険制度の基本理念から逸脱してきている現状を根本から見直すべきだ。
 本人確認は運転免許証などでも良い、マイナカードの目視でもよい。もちろんカード顔認証システムを通しても良い。カードは例えば物販のカード支払いと同じ。便利だが、現金支払いも排除しない。便利だから多くの人がマイナカード保険証を利用する。利用しなくても良い。しかし、便利だからさらに利用者が増える。これが、真の勝利(成功)した姿であろう。一方、医療は人間社会において原始時代の“マジナイ”に始まり、現代の高度医療まで、お金と同じく社会必須の仕組みである。利便性のみが宣伝されているマイナカードと医療とはそもそも本質において次元が大きく異なるのである。

マイナカードでなくても医療DXは実現可能

 医療DX(デジタルトランスフォーメーション)とマイナカード保険証は本来関係ない。オンライン資格確認の通信回線ラインを医療情報のやり取りに利用しましょうということだけで、理由は唯一その方が安上がりだから。それがあたかも一体不可分のものと説明され、多くの人もそう思い込み、医療DXを進めるにはオンライン資格確認システムの普及しかないと思わされているだけである。政策論的には、宣伝などに2兆円も浪費しながら、基本インフラへの投資(医療DXシステムの根本からの設計と構築)を全く考えない思考停止こそが大問題である。
 また、マイナカード保険証の唯一のメリットといわれる“良い医療のため”(具体的内容は曖昧)には収集される医療データの公開性、透明性(もちろん充分な匿名化と、例えば医師に限定した範囲内などの厳格な運用の下)の担保が重要である。情報を握っている側が恣意的にバイアスのかかったデータを提出すれば、正確な政策論争が歪められ、国民にとって“悪い医療制度・政策”につながる可能性が大いにある。隠し事のない活用が求められる。
 何だかんだ言っても、マイナカードは国民の約80%に普及した。政策目標としては達成されたのでこれで終了。今後は、マイナカードの不(非)取得者へのきめ細かな対応や、マイナカードのメリットの実現に向けた社会全体のDXの取り組みや行政改革(医療DXは別建てにして)に全精力をつぎ込むべきであろう。もちろん誰一人取り残されない政治の一環として、現行の健康保険証の並列使用は残しながら。

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