医師が選んだ医事紛争事例 182  PDF

過誤の判断には客観的な立証を

(20歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 被検者は、事業者健診のため本件医療機関で採血検査を受けた。看護師は左腕肘窩より採血針22Gを使用し、刺入深度約2㎜、刺入角度20度で穿刺したが、採血中に被検者から痛みと痺れの訴えがあったため抜針した。刺入回数は1回だった。健診から2日後、被検者から母指球部の感覚異常、手首のピリピリ感、肘屈伸時の違和感、肘窩部に穿刺部痛(肘正中皮静脈部)を訴える連絡があった。さらに約1週間後、被検者は痛みなどが継続するとして本件医療機関を受診した。医師は「左前腕橈側皮神経損傷」と診断してA医療機関を紹介した。
 被検者側は、痛みなどが継続し仕事に支障を来しているとして賠償を請求してきた。
 医療機関側としては、被検者側に対して針の太さ・刺入深度・角度・回数など、標準採血法ガイドラインを順守したと説明した。しかし、採血した看護師は約1カ月前にも同様の神経損傷事故を起こしており、手技において客観的な過誤は認められないが、採血事故の確率的には問題があるとして何らかの医療過誤があったと推量した。
 紛争発生から解決まで約8カ月間要した。
〈問題点〉
 採血を行った看護師から事情を聴く限り、手技上の問題は認められなかった。1カ月間に同一看護師が同様の神経損傷事故を起こしたことで、医療機関側は確率的に異常と考え、医療過誤の可能性を示唆したが、確率の高さを客観的に実証・論証できない以上、それを理由に過失の存在を推認して賠償責任を認めることはできないと考える。また医療機関側としては、事業者健診の契約者である被検者側に対して、今後の対応次第で新たに健診の契約ができないことを心配して、仮に無責の判断でも見舞金などを支払い自主解決する可能性を示唆した。
〈結果〉
 調査の結果、医療過誤は認められなかったが、見舞金として若干の金銭を被検者側に支払うことで自主解決した。

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