診察室よもやま話2 第21回 飯田 泰啓(相楽)意識消失  PDF

 毎日の診療は、ほとんどが慢性疾患である。そのため、だんだんと診療もマンネリ化してくる。そのような日々だが、時々、ひやりとする症例に出くわす。
 いつも高血圧と糖尿病で通院されているKさんが奥さんを連れて来院された。どうも今日は奥さんの調子が悪いらしい。
 「今日はどうされましたか」
 「家内が風邪で、昨日からゼイゼイと言っているのです」
 いつもKさんの診察に付き添われて来られていた奥さんがフーフー言っている。
 「奥さん、どのような具合ですか」
 「息が苦しくって」
 息も途切れ途切れに答えようとする。顔も浮腫んでいるし、いかにも苦しそうである。
 「昨日も一日中、青い顔をして寝ていたのです。いつもの元気がないので連れて来ました」
 どうも、嫌がる妻を無理に連れて来たようである。
 聴診してみると、喘鳴だけが聞こえる。
 とりあえず胸部レントゲンを撮ってみることにした。レントゲン室まで歩くのもよちよちでフーフー言っている。胸部レントゲンを見てびっくりである。心拡大が半端ではなく、胸水まである。
 「心臓が大きくなっていますね。それに、胸に水が溜まっていますよ」
 「心電図を撮りますので、ベッドに横になってもらえますか」
 心電図までは確かめて病院に紹介しようとした。その時である。ホウホウの体で横になろうとした奥さんの様子がいきなり変わった。チアノーゼを起こして意識をなくしたのである。
 旦那のKさんは、何が起こっているのか分からずボーッと突っ立っている。
 「すぐに入院させましょう」
 「どうして、ここで診てもらえないのですか」
 「そんな状態じゃないでしょ。このままだと亡くなりますよ」
 「へぇ。まさか」
 Kさんの意見を聞いている暇はない。説得しながら救急隊を呼んで、近隣の病院に入院させてもらった。何とかICUで管理してもらい回復した。
 最近、Kさんが来院されたので、奥さんの様子を聞いてみた。その後に腎不全を併発して、現在は人工透析をしているとのことである。
 数年前に近くの病院から逆紹介されたNさんもそんな一人である。病院に通院している時は在宅酸素療法をされていたのだが、当院に来られた時には酸素療法は止めておられた。
 「もう一度、酸素療法を始めませんか」
 「いや、まだ大丈夫です。全然しんどくないですから」
 「そんなことを言っても、肩で息をされているじゃないですか」
 いつ来院されても、同じ会話の繰り返しであった。診察室で、しばらく待つのだが血中酸素飽和度は80%程度にしかならない。普通なら苦しくってたまらないと思うのだが、平気だというのである。慣れとはいえ、人間の適応能力に驚いたものである。
 さすがに、半年ほどして在宅酸素療法の再開に同意された。
 「昨日から息切れが強くなっているのです」
 「また、酸素の量を増やしましょうか」
 「お願いします」
 「ちょっと浮腫んでいるようですので、心電図を撮りましょう」
 ベッドに横になろうとしたその時である。急激にチアノーゼを起こして、会話ができなくなった。慌てて身体を起こすと何とか意識が戻った。すぐに病院を紹介したのだが、気付かなければと思うとぞーっとする。
 家族は人工呼吸器管理を希望されないので、このまま亡くなられる可能性が高い。できるだけの治療をしますと病院から報告があった。
 その後、どのようにされたかと心配していた。
 「先日はありがとうございました。退院してきました」
 「ずいぶんと心配していたのですよ」
 「病院で、また気を失ったのです。でも、この通り元気になりました」
 いつ危険な状態となるか分からないが、後はよろしくとの退院時の紹介状であった。
 このような症例を経験するたびに、漫然とした外来診察にならないようにと気を引き締めている。

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