医師が選んだ医事紛争事例 180  PDF

過失は明らかでも損害が不明な事例

(50歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 被検者は事業者健診のため本件医療機関を受診し、上部消化管内視鏡検査を受けた。検査を実施した医師は食道粘膜下腫瘍を指摘して、被検者に精密検査を受けるように勧めた。しかし後日、第2次読像医師が、食道粘膜下腫瘍は動脈による圧排として緊急性はないと診断して、1年間の経過観察と判断した。その際、健診の報告書に反映する所見コードの選択が漏れていたため、被検者に食道粘膜下腫瘍について通知できていなかった。被検者の勤務先の産業医から、今回の健診当日の実施医師の説明と報告書の相違について問い合わせがあったため、本件医療機関は過去5年間の上部消化管内視鏡検査の画像について、後方視的読像およびブラインド読像を実施した。後方視的読像では、検査結果所見を踏まえた上で他の医師が画像を確認し、過去5年間のうち3年間の画像で食道粘膜下腫瘍を認めた。一方、ブラインド読像では、検査結果所見を知ることなく他の医師が確認したところ、過去5年間のいずれの時期も食道粘膜下腫瘍を指摘しなかった。
 被検者側は、健診から約5カ月後にA医療機関において食道全摘出術を受け、診断の遅れがなければこのような事態にならなかったとして、弁護士を介して賠償請求した。また、就業しているもののダンピング症候群などで苦しんでいると訴えた。
 医療機関側としては、健診の報告書では食道粘膜下腫瘍の報告ができておらず、誤診があったことは事実として認めたが、過去5年間の所見については部位やサイズから、食道粘膜下腫瘍を指摘することは困難と判断した。また、医療過誤の有無や食道全摘出との因果関係については不明だった。なお、本件医療機関では、これまで第1次読像と第2次読像で医師の判断に違いが生じた際は、第2次読像の判断を優先させていたが、本件発生後そのような場合は第3次読像を実施するよう変更した。
 紛争発生から解決まで約2年4カ月間要した。
〈問題点〉
 健診の報告書で食道粘膜下腫瘍が通知できていなかったことは明らかな過誤である。ただし、いつの時点で食道粘膜下腫瘍を指摘すべきであったか、またその時点で指摘した場合、被検者の予後にどのように影響したかは調査不能であった。つまり、過失論的には明らかに過失が認められたが、損害論的には何が損害なのか特定に至らず、被検者への対応が難航した経緯があった。
〈結果〉
 被検者の損害を明確には断定できなかったが、被検者の症状固定時の診断書では、消化吸収障害、逆流性食道炎、ダンピング症候群が認められていたため、それらの後遺障害を身体的権利障害とみて、それらに相当し得る賠償金を支払い示談した。

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