内視鏡視下手術による回腸穿孔
(60歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
患者は本件医療機関に入院した翌日に、右腎腫瘍摘出のため用手補佐(HALS:Hand Assisted Laparoscopic Sur-gery)での腹腔鏡視下右腎摘除術を受けた。術中経過は良好で手術時間は約4時間、出血量は96?であった。ところが手術翌日に悪寒を伴う発熱が出現し、腹腔に留置したドレンチューブより茶褐色の排液の流出を認めた。CT検査の結果、担当医は消化器官穿孔を疑ったため、翌朝、緊急開腹手術を実施した。腹腔内は既往の虫垂切除によって大網と回腸とが腹壁に強固に癒着しており、これらを剥離して上行結腸を後腹膜から授動したところ、回腸末端に直径3㎝程度の穿孔部位を認めた。また、穿孔部から30㎝口側までの小腸に浮腫を認め、上行結腸の後腹膜側の漿膜にも炎症の波及を認めたため、右側上行結腸を切離して人工肛門を造設した。患者は、緊急手術から約2カ月後に退院し、その後は月1回のペースで通院した。
患者側は弁護士を介して賠償請求をしてきた。
医療機関側としては、虫垂切除術後の癒着が強固であったため、腸管の剥離を注意深く行ったが、手術操作時に回盲部付近に強い緊張がかかったことにより、回腸末端部が穿孔したものと考えた。穿孔確認まで1日を要したのは、穿孔した部位より漏れた便汁が強い癒着によって後腹膜腔に留まり、症状が発現しなかったためと推測された。しかしながら、診断・適応・手技に問題は認められないので医療過誤を否定した。
紛争発生から解決まで約4年間要した。
〈問題点〉
手術と穿孔との因果関係は認められたが、診断・適応・手技・説明・事後処置すべてに問題は認められなかった。
事故当時において、手術のアプローチとして腎摘出術を腹腔アプローチで行うことはまれではなかった。その利点は腹腔内の視野が広く大きく取れること、他臓器の存在が直視できるためオリエンテーションが付きやすいことである。内視鏡下手術は開腹手術に比べ、傷が小さく術後の痛みが少なく入院日数が短い低侵襲手術と考えられる。今回の事故は、開腹手術であればその発生は防げたかもしれないとも考えられる。しかし、開腹手術においてもある一定の確率で同様の事故は起こり得る。
また本件のような経腹腔的ではなく、後腹膜からのアプローチでの場合、腸管損傷の危険性は減ると考えられるが、腹腔アプローチに比べ視野が狭く、本件のように用手補佐(HALS)下でスペースを安全に取ることが難しいという欠点がある。本件のアプローチの決定は腹部手術の既往歴だけでなく、腫瘍の大きさ・位置、腎動脈・腎静脈の本数や走行など総合的に判断されたものである。もちろん前述のいずれのアプローチの選択も誤りではない。腫瘍の位置が腎中極から下極にかけ約6㎝大(cT1b)の後腹膜に突出する腫瘍であったため、根治性と安全性を考慮し、腹部手術の既往はあるが、腹腔アプローチを選択したことは手術・適応に適うことであった。
事故後の対応として、手術翌日にドレンチューブからの排液の異常に気付き、翌朝には消化管穿孔を疑い緊急手術を行い、比較的迅速に行っていて医学的には問題ない。カルテから、患者・家族に対しても十分な説明と道義的謝罪をしていたことも確認できた。
〈結果〉
弁護士間の対応に任せていたが、患者側からの連絡が途絶えて久しくなったために、事実上の立ち消え解決とみなされた。