なんでも書きましょう広場 広場医師の働き方改革は「監視医療」の危険をはらむ  PDF

政策部会部員 小泉 昭夫

 我が国で労働生産性が低いことは以前から指摘されており、労働が長時間化し、過労死やサービス残業など社会的問題を引き起こしてきた。そこで、働き方改革の導入がはかられた。したがって、特定の業種を標的にした施策ではない。
 その嚆矢は、2017年9月8日、厚生労働省が労働政策審議会に諮問し、答申された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」である。この提言では、労働時間の上限規制の導入や、雇用形態の多様化に鑑み公正な待遇が求められた。
 医療においても病院の医師について働き方が検討され、宿日直など医療法で課されている義務があることなどから、「医師の働き方改革」としてまとめられ、24年4月に施行される予定である。この法律の実施にあたり厚労省は、医師の労働時間の上限を決めるほか、タスクシフティングや、DX化など種々の方策を提言している。すなわち、今回の改革では、政府が医療のプロセスに深く介入するため、病院を中心とした医療の構造も将来大きく変える意図があると考えられる。さらにアウトカムに関しても医師の労働時間の短縮だけでなく、医療行為ごとに消費される労働時間の標準化も実現される。その結果、労働生産性を国際的に比較することも、他業種との比較も可能になる。以上を踏まえると、筆者には、看護師をはじめ医療スタッフと事務職が属する病院施設の中で、医師はフリーランスの専門職として病院と契約し、複数主治医制の基に単位的に医療行為を行う光景が浮かんでくる。働き方改革自体は極めて単純な作業の積み重ねで紛れることはないが、アウトカムの選択や、DXによるIT弱者の存在、Big Data 解析目的とその商用利用、個人情報の所有権、医療の在り方など解決すべき難問は多岐にわたる。
 特に、提案されている医師の働き方改革は、地域医療構想、医師の偏在の是正と同時に進められ三位一体の改革と言われる点に注意が必要。医師の地域偏在の解消策として、物理的距離の解消のためのDX化として、遠隔医療の導入が推奨されている。さらに、タスクシフティングとして特定看護師の活用がチーム医療の名のもとに、強力に導入される。この三位一体の改革は、医療者のワークライフバランスの改善という「善」の効果はもたらすが、同時に、当然医療の内容と投入される労働時間のデータ化も大きく進めることになる。したがって、各医療機関は、医療の総ボリューム(Σ労働時間×医療者)の上限が決められ、その中で、地域での自院に割り当てられる医療需要を満たすことになる。医療行為の標準化と消費される労働時間の標準化をも引き起こす。結果、労働時間の中で診察できる患者の数はおのずと決定され、診療報酬制度は労働時間をも反映したものになると考えられる。すなわち今回の医師の働き方改革の中で生産される医師の労働時間のデータ化を含んだ医療情報は、極めて医療計画にとって有用であると同時に、商用目的で利用されると労働時間の分配が倫理規範を超え、病院経営の視点からのみ決定される危険性も出てくる。
 医師の過労死問題や、過重労働は医療事故のリスクを高めるなどを考えると「医師の働き方改革」は必要なことであり異論は出されにくい。しかし、内包する難問題を無視し、医療情報の利用を拙速に進めると「監視資本主義」※に組み込まれ、膨大な非契約の裏社会に医療が組み込まれてゆくことになる(監視医療)。病院医師のみならず開業医もこの点には多大の関心を持って見守る必要がある所以である。
 ※ショシャナ・ズボフ著『監視資本主義 人類の未来を賭けた闘い』東洋経済新報社刊

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