政策解説 標的は2022年度診療報酬改定 医療制度転換望む財務省「建議」議論  PDF

 財務大臣の諮問機関である財務省・財政制度審議会・財政制度分科会は2022年度予算編成に向けた「建議」取りまとめへの議論を進める。新型コロナ禍が厳しい財政状況に拍車をかける中、2022年度予算編成において、「年金・医療等については、前年度当初予算額に高齢化等に伴ういわゆる自然増(6,600億円)を加算した範囲内で要求」とされ、引き続き財政規律を求めている。
 11月8日に開催された分科会は社会保障をテーマに議論された。標的は「2022年度診療報酬改定」である。財務省の提案スライドを読むと、彼らが望む医療制度の近未来像が赤裸々に見えてくる。
 本稿では、財務省資料に書かれた文言を紹介しながら若干の考察を加える。

財務省「躊躇なくマイナス改定を」主張

 財務省資料は、診療報酬(本体)の「マクロの改定率」について、2002年、06年度改定を除きいわゆる「プラス改定」が続いてきており、これは2000年を起点に診療報酬改定以外の高齢化等の要因により1.6%で増加してきた医療費にあえて年平均伸び率を0.2%上積みしてきた計算となると述べる。だがこれを、財務省は「医療費の適正化とは程遠い対応を繰り返してきた」と指摘。それは、仮にマイナス改定を繰り返してきたとしても2年に一度の診療報酬改定が▲3.2%を下回らない限り、理論上は「高齢化等による市場の拡大」から医療機関は収入増加を享受することが可能だったからとの見解に基づいている。したがって財務省は「高止まりしているのであれば」「躊躇なくマイナス改定」すべきだと主張する。
 その上で、「各診療行為のミクロの点数と算定要件の改定」については、財政的影響を「マクロの改定率決定の範囲内」に収めることが困難と指摘する。それは「一定の要件を満たせば算定を認める診療報酬の仕組みのもとでは、ある診療行為の算定回数をコントロールすること」も、「改定による動態的変化を正確に見込むこともできない」からだという。そのため医療提供体制改革や医療費そのものへの直接的な規律(たとえば中長期の給付水準そのものの「伸び率管理」等)が必要なのだと主張している。同時に1点単価10円で固定され、「単価補正」されないことは、診療報酬が本来備えている調整手段をいたずらに放棄し、政策面での対応力を損ねていないか、と指摘する。

なおも続くコロナによる医療経営難は切り捨てか

 語られていることは重大である。「躊躇なくマイナス」を求める感覚にはコロナ禍において医療機関が被った困難に対する考察が皆無である。あらためて書いておけば、2020年度の概算医療費は総額42.2兆円、前年度比▲1.4兆円(3.2%)であり、過去最大の減少幅・額を記録した。入院では▲3.4%の17.0兆円、入院外は▲4.4%の14.2兆円、歯科▲0.8%の3.0兆円。医科を病院・診療科別でみれば病院▲3.0%、診療所▲5.3%、診療所の診療科別では小児科が▲22.2%、耳鼻咽喉科が▲19.5%、外科が▲11.5%。新型コロナ禍による受診控えが医療経営に甚大な影響を与えている。国は新型コロナに対する医療提供体制強化のための支援として、診療報酬や補助金によって財政支援を行い、病院は平均すれば増益とされる一方、診療所は引き続き厳しい。こうした実態があってもなお財務省がマイナス改定を主張するのは、彼らにとって個々の医療機関が経営難に陥り、淘汰されることがあったとしても、それが患者の医療へのアクセスを脅かすものであるという認識が欠如しているからに他ならない。そもそも、医療機関はただ市場に預けられ、個々の改廃さえその原理に委ねておけば良い存在ではない。国家は人々に対する医療保障責務を負い、その体現として国民皆保険体制があり、医療機関は人々に療養の給付を保障し得る唯一の存在である。医療機関の全般的経営危機を人々の生命・健康の危機として受け止める観点のない財務省の見解に強い危機感を覚えずにいられない。さらにマイナス改定だけではなく、実効的に医療費の高騰を防ぎ、国家的にコントロールできる仕組みとしてあらためて、春の建議(2021年5月21日)で再浮上した「医療費総額管理」や「単価補正」が謳われていることにも注視が必要である。

具体的改定方針は「入院医療の機能分化」「かかりつけ医機能強化」

 さらに財務省は具体的な改定方向として「入院医療の機能分化」と「かかりつけ医機能の強化」を強調する。
 入院について「現在の診療報酬は人員配置などのストラクチャー評価に重点がおかれ、かつ地域の実情に無頓着な全国一律の体系であるため」「改定が医療提供体制に」影響を与える。2006年改定で導入された看護配置7:1は算定病床の急増をもたらし、「医療資源の散財が加速」し、「低密度で対応できる医療しか行わない『なんちゃって急性期』」を許したのだと主張。またコロナ禍直前に物議を醸した公立・公的病院の再編・統合リスト(当初424病院、後に436病院)にも触れ、地域医療構想の達成に向けた再編統合を進めることができないままであることが、支援金を受け取りながら患者を受け入れない病院(国のいう「幽霊病床」のある病院)の発生を許したと言わんばかりに書いている。そして「教訓として、規制的手法を含めた実体面の改革がないまま、診療報酬や補助金といった財政支援で医療機能の強化を図ることには限界がある」として、医療費適正化上も地域医療構想の法制上の位置づけを行うことを求めた。さらに診療報酬体系を「インプット重視」「量重視」から、「アウトカム重視」「質重視」に転換するとして、「1入院あたり包括報酬(DRG/PPS)」の本格導入等を求めた。
 外来についてはコロナ禍において、かかりつけ医がおらず、発熱外来を担う医療機関(診療・検査医療機関)名公表がすすまなかったことを挙げ、「世界有数の外来受診回数の多さをもって我が国医療保険制度の金看板とされてきたフリーアクセスは、肝心な時に十分に機能しなかった」と揶揄。従来の診療報酬制度の機能強化加算やかかりつけ医関連の報酬評価では実効性がなく、「制度的対応」が必要として「かかりつけ医機能の要件を法制上明確化」し、2022年4月1日施行が目指される外来機能報告制度がかかりつけ医明確化に役立つ制度となるよう拡充し、かかりつけ医が「ゆるやかなゲートキーパー機能」を果たすよう求めた。加えてかかりつけ医以外を受診した場合の定額負担導入もあらためて提起している。

狙いは提供体制の着実な推進と国による確実な医療費コントロール

 以上の記述から、改定を通じ、診療報酬と密接に結びついた医療提供体制改革の着実な推進をはかること、そして診療報酬体系自体の包括化を拡大することで国家による医療費コントロールをより簡易で確実にできるようにすること。財務省の明確な意思が語られたものといえる。これに対し、日本医師会の中川俊男会長は11月17日、「容認できない指摘が多々ある」「所管である財政の問題を越えて、細かく医療分野の各論に踏み込んでくるのは省としての守備範囲を超えており、また現場の感覚と大きくずれている点もある」と批判した。また、「なんちゃって急性期」といった文言が公的な文書に登場すること自体への違和感も表明。「まるで医療政策をもてあそんでいるかのようで、あぜんとしている」と不快感を表したと報じられているⅰ 。
 日医の見解は至極全うであり、多くの医療者が同意するところであろう。
 コロナ禍を踏み台に、入院・外来医療における報酬体系の変更や診療所における開業の在り方の転換、患者アクセスの制限へと大きく踏み込んだ財務省の提案は看過できるものではない。協会は診療報酬改定動向の観察を強め、会員各位とともに必要な要請行動を進めていく。

ⅰ 「財務省の主張「容認できない、現場感覚と大きなずれ」日医・中川会長 (2021年11月17日・MEDIFAX web)

(図)財務省財政制度分科会資料 (2021年11月8日)より抜粋

診療報酬(本体)改定と医療費の関係

○診療報酬(本体)については、2002年度改定、2006年度改定を除き、いわゆる「プラス改定」が続いてきた。
 その結果、下図のように2000年を起点として考えた場合の機械的な試算では、診療報酬改定以外の高齢化等の要因により年平均伸び率1.6%で増加してきた診療報酬(本体)の医療費について、診療報酬(本体)の改定によりあえて年平均伸び率0.2%を上積みしてきた計算になる。
○診療報酬(本体)の改定について、仮に「マイナス改定」が続いてきたとしても、2年に1度の診療報酬(本体)の改定率が平均▲3.2%を下回らない限り、理論上は、なお残る高齢化等による市場の拡大から医療機関等が収入増加を享受することが可能であったことになる。この2年に1度の診療報酬(本体)改定率のマイナスが平均▲0.8%(年平均▲0.4%)であったとしても、人口減少も加味した高齢化要因による市場の拡大(平均伸び率1.2%)が維持されたはずであった。
 しかし現実には、診療報酬(本体)改定のマイナスは2002年度の▲1.3%、2006年度の▲1.36%のみで、「マイナス」どころか「プラス」の改定が続いてきた。
○診療報酬(本体)改定率について医療費の適正化とは程遠い対応を繰り返してきたと言わざるを得ず、診療報酬(本体)の「マイナス改定」を続けることなくして医療費の適正化は到底図れない。
○拡大する市場の中での分配をいかに医療従事者の処遇改善など必要な課題に振り向けていくかの観点も含め、まずは改定前の診療報酬(本体)の伸びがどのような水準かということを出発点として改定の議論を行うことが適当であり、そこが高止まりしているのであれば、躊躇なく「マイナス改定」をすべきである。そうしたプロセス抜きに、診療報酬(本体)の改定率を論う意義は乏しい。

図(分科会資料P10:https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20211108/01.pdf

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